弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

世界のすべてが見えるまで

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たんぽぽ、よもぎ、しゃく、なずな、どくだみ。

 

早朝の誰もいない神社でお参りして、帰り道に何かしらつんで帰る。今朝はしゃくを味噌汁にいれて、もう半分をどっさりうさぎのぽこちゃんにあげた。二人と一匹、同じ朝ごはんをいただく。

 

窓から入る光が白い。風がつめたい。うぐいすがじれったく鳴いてる。今日こそプランターに種まきしようか。風がつめたい。何かを思い出せというように。なんだっけ。そうだ、夢でみたものを思い出せと、身体が訴えてるんだ。ぼんやりする。味噌がそろそろ切れるから、また買いに行かないと。

 

片付けをしながら、ラジオをつける。テレビはしばらく最低限にしてる。ニュースはNHKのAMでやってる情報番組がちょうどいい。必要な情報だけくれる。必要な情報ってそんなに多くない。うぐいすがキッチンのすぐそばで鳴いて、ぽこちゃんがびっくりする。かと思えばまたあくびをしてる。その様子を夫と二人で見て、顔を見合わせて笑う。

 

ああ、思い出した。夢のなかでまた沖縄にいってた。最近しょっちゅう沖縄にいる夢を見る。「ピラミッドみたいな山があって、その下にお墓とか家みたいなのがあって、その周りでみんながお祭りしてる夢を見た」って沖縄の友達に連絡したら、写真を数枚送ってくれた。「ちょうど清明の日にお祭りがあったから参加してきたんだ」写真を見てああっと声をあげる。そうそう、夢で見たの、こんなかんじ。

 

母からLINE。元気そう。ちょうど昨日、母と長いやりとりをした。最近、誰かが自分の痛みと向き合う瞬間にそっと立ち会ったり、手伝う機会が増えてきてる。

 

昨晩やりとりしていたとき、母は元気そうだった。なのに、なぜか幼い頃の母が泣いている声が、LINEの画面越しにでも伝わってきた。お母さん、ちいさいころのお母さんが泣いてる。その子のこと、迎えに行ってあげて。お母さんにしか、その子を抱きしめてあげられないんだよ。

 

そう伝えたあと、母はひと晩中、小さい頃の自分と対話していたらしい。たくさん泣いて、たくさん話して、おかげでものすごくすっきりしたと、お礼のメッセージがきていた。「よかったね、その作業、慣れると結構楽しいから。死ぬまで続くから、またその子の声を聞いてあげてね」と私。「そんな続くの?」と母。「私はもうかれこれ。。。5年?いや8年?ずっとやってるよ。いまはもう小さい弥恵ちゃんじゃなくて、生まれる前のころの自分がどんどんでてくる」これは私。

 

母だけじゃない。私は、目の前にいる人が例えどんな顔をしていても、その人のなかにいる”小さなその人”の声が聴こえる。いつもじゃないけど、聴こえることがたびたびある。聴こえるようになったのは、自分のなかにいる小さな弥恵ちゃんの声を、ある程度聞き取れるようになってからだ。ほとんどの人は泣いてる。てか、泣いてる人ばかり。小さなその子が泣き止むには、大きな本人が一緒に泣いてあげるしかない。でもほとんどの人は、泣いてる小さな自分の声すら聞こえてない。

 

ちゃんと一緒に泣いた母を、いっぱい褒めてあげたいと思った。

 

亡くなった父は、もっと下手だ。魂になって、いまもときどき話しかけてくる。自分と向き合うのが、ちょっとむずかしいみたいだ。だから一度は、小さなお父さんの声を代弁して、お父さんとつなげて、一緒に泣いたりもした。どうやら男の人のほうがずっと難解らしいことがわかる。男の人のほうが、心の痛みに弱いように感じる。そのぶん強くなろうともがいているようにかんじる。なぜだろう?

 

わからないけど、男の人はいつだって、お母さんとつながりたいんだ、そう感じる。お母さんとつながることが、自分の命が認められることだと、感じているんじゃないかな。それは理屈を超えて。わかるような気もする。

 

私が最初に泣いたときは、どんなだったかな。この世の終わりくらい怖かったような気がする。はじめてのセックスやはじめての登頂の気分をもう思い出せないように、それははるか遠くの記憶になってしまったけど、真っ暗な部屋で、毛布を噛んでたんだっけな、けものみたいに。涙をながすのが、これまでの人生に白旗をあげるような気がして怖くて、やっと泣き出したときは、まるで二日酔いで吐くのがいやでこらえたあと、やっと戻せたときみたいな、とっても生理的な快感があったのを覚えてる。20代の前半のころのこと。

 

自分の痛みと向き合い続けてきた時間なら、わりと歴史が長いかもしれない。それはかさぶたをいじるのでもなく、感情に溺れる怠惰でもなく、痛みを愛しているわけでもなく、ただひたすら、からまった糸をほどいていく作業。痛みを感じているときにまぶたの裏にうかぶ情景を、冷静に、でも寄り添って見つめていく作業。ニュートラルにストイックに。別にこだわってるわけでもないのだけど、私にとっては痛みは喜びと同じくらいに、人が学んでいく機会を与えてくれる感情だと思ってる。

 

そうこうしていくうちに、つい最近34歳になって、まあまあいい年のとり方をしているように思えた。夫が誕生日プレゼントにくれた手紙のなかに、こんな言葉があった

 

 

ーーーーーーある時期は、弥恵ちゃんは自分の感情に嘘をつかない人だと思っていましたー中略ーでもこの言葉だけでは、弥恵ちゃんを言い表すには足りないなと思っていました。

 

どんな力が、弥恵ちゃんの太いエネルギーとなって、様々なことから逃げずに乗り越える原動力となっているのだろう?

 

最近、ぼくは弥恵ちゃんは自分の魂を認められる人なんだと思っています。「感情に嘘をつけない」のは、いまこの瞬間の話で、「魂を認める」のは、今だけではなく、この時代の人生でも、前世でも来世でも、はたまた人間ではないときも、いろんな時空での話です。さまざまな時空にいる自分の魂を認められる、それってなんて重層的で、大変そうである一方で、きっと、素晴らしいことだろうと隣にいて、感じます。

 

ぼくは他人ごとではなく、ぼくも自分の魂を認めていきたいと思っています。弥恵ちゃんから力をもらっていますー以下略

 

自分の魂を認める。いい言葉だなと思った。夫の言葉はいつもあったかい。あったかくて、安心して、泣けてくるくらい。

 

34歳。自分のなかにあるすべての感情を、差別しなくなってきた。だから、自分の外にあるあらゆる感情も、あまり差別しなくなれてきた。なれてきたかな?たぶん。まあ、以前よりは、きっと。

 

少なくとも、自分の内側の感情を差別しなくなることで、例えば魂になったお父さんの感情を、幅広く受け取れるようになったのは確か。そりゃそうだよね。受信機である自分が感情をより分けてしまっていたら、送信してくる相手の感情も、きっと半分くらいしか受け取れない。自分の見たくない気持ちを見れなかったら、お父さんの気持ちをすべてみることはできない。

 

見たくなかったお父さんを見るためには、見たくなかった私を見つめるのが先だった。

 

世界と身体はそういうふうにできてる。私が、私のすべてを認められるようになったとき、きっと世界のすべてが見える。いまよりもっと、くっきりと。私はそれが見たい。その景色をあますところなくすべて。だからまず、私は私を見る。ごまかさずに、どこまでも、私の果てから、世界の入り口が見えるまで。