弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

父の死と再生と

父が亡くなったとの知らせを突然受けてから、怒濤の日々が過ぎていった。今日でやっと10日目になる。長い。すでに1ヶ月が経ったような気がしてびっくりする。

 

この間、私は父と、自分自身と、ひたすら向き合い続けていた。まず悲しみや別離の痛みと向き合い、泣きわめき、暴れた。溢れる感情という感情を身体が表現し、押し出すのを懸命にやった。

 

しかし生死とは、もともと感情論とは別のところにある。つまり、私が悲しむこととは全く別次元にある、一つの区切り。肉体を失うという区切り。”肉体を失う”という言葉の通り、父の魂そのものが消滅することはない。だから、父の肉体が果てても、私が、人生の課題として”父と向き合うこと”そのものは終わっていないのだ。

 

そして父の魂は、私が問えば通夜でも葬式でも応えた。はじめは感傷的な気持ちであれこれ問いかけ、繋がれることにも喜んだが、悲しい感情が押し流されていくうちに、”死”というイベントで美化してはいけない父のある側面が見えてきた。3日経つころには怒りが溢れた。肉体があるうちに、向き合いきれなかったこと。それは、父の弱さだった。

 

ここでわざわざ父の弱さを書き連ねるつもりはない。第一、父の弱さは私の弱さでもある。生前のうちに、父と向き合うだけの強さが私にはなかった。私はそれを認めた。一方で魂になった父は、もはや隠し事ができない。弱さをさらけだすことにためらい続ける父に対し、私もまた、親子であった自分たちを超えなければ、つまり娘としての父への期待を捨てなければ、いま父と向き合いきれないことに気づいた。

 

だから親子を超えて、人と人として向き合った。7歳のころに父と別れ、あれから幾度となく交流を重ねたけれど、私は向き合いきれていない。それはあなたも同じだろう。私はもう逃げない。あなたも逃げないで。素直に、素直に話そう。そんなやりとりをするうちに、相手を受け入れるキャパシティが、父よりも私のほうが大きいことにふと気づいた。

 

私は父の弱さに触れた。生前、父が心を痛めた風景が、ありありと目の前に広がった。その痛みから決死の思いで逃げた父の、繊細な心を覆っていた皮を、私は剥ぎ取る。

 

肉体を超え、魂と魂そのもので対話するとき、私は、父よりも広かった。そして私は、親子というものの真理に触れた気がした。ある魂と魂が親子として生まれてくる場合、親よりも子のほうが、魂としてのキャパシティは広いものなのではないか。

 

なぜなら、子は子として生まれてくる以上、親を認めることがひとつの課題だと思うからだ。さらに広い視点で考えるなら、時代をより良く更新していくためには、あとから生まれてくる子の魂のほうが、先に生まれた親の魂よりも成熟している必要があるのではないか。そんな全体観に、肩がふと触れた一瞬があった。

 

魂と魂で対話するうちに、父とのあらゆる因縁もまた視えてくる。私と父は、いまが最初の出会いではないこと。かつての私と父、あのときの、あのときの、あのときも、私と彼は出会っている。

 

魂同士で対話しているときは、一切の人間らしい感情が湧いてこなくなる。心はとても充実していて、穏やかで、朝焼けに染まる凪いだ北の海のようだ。一点の曇りもなく、大きな鏡のような水面が、ただ天と地の間にあるものを静かに映し、奏でていく。私と彼は、やけに白く光る砂浜で、言葉もなく、ただ音と音、風と風だけを送りあい、交流をする。

 

そんな時間を経て、また人としての自分に立ち還ると、ふいに悲しみが溢れたりする。人間として、肉体に余る記憶を痛み、喪失を悲しみとして表現する自分をやりすごし、やりきる。しかし心の奥底では、「彼を喪失したわけではない」ことをわかっている。

 

だから、泣いている自分というのを、妙に静かに眺めている自分がいつも背中にいるのだ。我ながら多重人格化したような面白さを覚えて夫に聞くと、夫はただ「恐ろしく自分を客観視できてるから、安心してみてられる」と穏やかに笑う。

 

ただ、そんな分裂した自分を繰り返すのはひどく疲れる。ある地点まで彼と向き合いきり、ひとまず私の心が落ち着いてくると、とたんにどっと疲れが溢れた。友人から、まるでアラートが鳴るように「ほんまに休んで!身体!」と叱咤され、それもそうだと思ってひたすら眠った。

 

もともと用事で東京にいた夫は、再び東京へ戻った。一人になるのは怖かったけど、一人になって余計に休まる時間というのもあった。はじめはひどい耳鳴りと不眠、胃腸の不調、まあ俗にいって自律神経を失調していたので、食事を抑え、テレビもPCもつけずに、数日寝たおした。ひどい疲れのなかで、身体が更新されていくときの、細胞がぷつぷつと弾ける音を聞いた。

 

ほとんど冬眠と食事制限で過ごすうち、3日で不眠が治った。散歩に出る余裕がでてきて、運動してみるとめまいも起きなくなった。ただ胃腸はまだ疲れていたので、麦はもとより、米もとらずに豆腐やかぼちゃ、煮込んだ野菜スープを作ってさらに休めた。どうも感情が浮き沈みすると胃腸にくる。だからなるべく誰とも話さないようにした。何も読まないし見ない。感情を動かさない。

 

そんな静かな日々を過ごすさなかにも、彼との対話はあったし、ふいに悲しみがあふれることもあったが、分裂していた2人の自分(ちゃんと数えると3人くらい)が、やがてひとつにまとまっていく感覚があった。

 

お父さん大好き。悲しい。ひどい。愛してる。溢れる感情の重みを吐き出す自分の身体と、父の弱さをただ認め、受け入れる自分、それを正そうとする自分、正していくうちに、自らを正している自分。魂としていまも生きる彼を、魂として感じている私。感情の重みを超えたところで、私は座して精査している。やはり死は、感情論だけでは捉えられないものだということを静かに悟っている。

 

父の子に生まれたことへの感謝と痛み、父の生きざまへの称賛と批判、喜びと悲しみ。ひとつひとつを紐解いて手のひらにのせ、見つめた。やがて身体のなかを駆け巡るすべての矛盾を超えてひとつにまとまったとき、手のひらに柔らかな風が生まれた。

 

悟っている、なんて書いてちょっと自分でも笑った。誰やねん。まあそんなこんなで日常はもとに戻りつつある。仕事も再開した。彼との対話はまだ続くだろう。母との向き合いにだってずいぶん時間を費やした。

 

でもそのたび、私も母も成長した。私は身体で識ったのだ。本当の癒やしとは、痛みと向き合い、痛みを感じ尽くし、表現することにあると。つまり”表現すること”において、喜びも悲しみも、本質は同じだということ。身体は痛みとして悲しみをより分けようとするけれど、魂そのものは喜びも悲しみも、なんら差別せず、ひとつの力を発露させているだけだ、ということ。それは、またたく星の光のようなものだということ。星がまたたくのと同じ、命の運動だということ。

 

私がこの身体で自分を癒やし続けるには、彼の魂が対話相手として必要だ。それはまた、彼の魂にも光をさすだろう。なぜなら魂というのは個別に存在しながらも、根底ではひとつのまとまりであるからだ。だから、自分と向き合い、自分を癒やすことは、全員を癒やすことにつながる。

 

父の死に触れて、思いがけず私なりの全体観が更新された。

心は凪いでいる。

f:id:yaeyaeyae88:20200121221259j:plain