弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

2019年総括ベイビー

年末年始にかけて一週間ほど、熊野にてキャンプ中。1月にも熊野でテント張って、5月は丸一ヶ月キャンプしてた。なんたって温泉がいい。どこもかしこも源泉かけ流し。冬は川を掘り起こした無料の巨大野天風呂まである。本州最南端だけあって冬でも温かい。那智、速玉、本宮に玉置と、熊野三山がおはすダイナミックな神社が勢揃いで、気持ちのよい初詣ができる。熊野は、とりわけ年越しにとっておきのスポットなのだ。

 

今日は本宮をお参りして湯の峰の温泉に浸かった。夕方からテントで鍋を食べて、今はラムチャイを淹れ、ぼうっとしている。キャンプ場は盛況で、ついさっき、甲高い小さな男の声でパプリカが聴こえてきた。ワンセグで紅白でも見てるのかしらん。

 

さて、2019年を総括しようと思う。なんといっても旅の年だった。”暮らすように国内外を旅したい”という20代の目標が叶った年でもあった(スペシャルサンクス夫&友人たち)。なので2019年の総括は、=旅の総括、ということになる。

 

まず年始は熊野ではじまり、1月末に淡路~徳島、2月はデンマークへ行き、半月かけてアイスランドを一周し、3月は沖縄諸島4月は台北5月は熊野でキャンプ。

 

6月は一ヶ月をフランス(パリ~南フランス)で過ごし、7月と8月は新潟と東京を往来、9月は金沢、香川、10月は一ヶ月強をアメリカ(ボストン~メイン州NY)、11月は新潟、12月の今はまた熊野にいる。そして2ヶ月おきに伊勢にいて、あとは京都で生活をしていた。

 

昨夜も、夫と新宮市内にある海鮮居酒屋「まえ田」にて、新鮮なブリをつまみながら「どの土地が最も印象に残ったか?」という話になった。そりゃどこも楽しかったけれど、真っ先に浮かんだのはアイスランドで見たオーロラだった。久しく酔った頭に浮かんでくるのは、ミントブルーの氷河、煮えたぎったマグマ、果てしなく黄金に輝く朝の雪原、吹き上げる間欠泉

 

気がつきゃちょっと涙さえ浮かんで(私は平時より涙腺崩壊気味)、極北の、最果ての景色に浸っていた。途方もなく懐かしい景色。身体が溶けて、過去も今も未来さえ一瞬で一枚岩に圧縮してしまう、わたしの原風景。まるで地球ができた瞬間の、生命の衝撃と歓喜が、細胞の奥深くでDNAの記憶として掘り起こされ、発露したのだった。

 

思い返せば、特にこの1年で私の身体はひどく変化した。脱皮を繰り返し、換骨奪胎した1年でもあった。その度に、どんどん勘が冴えていった。目には見えないものを鮮やかに感じられるようになり、以前にもまして、ものごとを感じる深度と範囲が拡張されていった。冴え冴えとした感度で触れる山や川、空、海、そして数々の芸術の素晴らしさときたら! (例えるなら、空海和尚の身体とか気分をサックリ理解できちゃうような!!。。。?)

 

しかし脱皮するときは、どうしたって痛みを伴う。身体の内側が、ひび割れるように痛むのだ。それは、”途方もない懐かしさ”を感じるたびに起こった。まるで細胞の隙間からマグマが溢れ出すような、赤い痛みを繰り返した。

 

ただ、コレを理解して整えてくれる整体の先生に出会えたり、相談しあえる各地の友人にも多く出会えた。あと本当に温泉に助けられたと思う。新潟と熊野に滞在した時間が長いのは、つまり温泉を身体が求めていたってことでもある。

 

海山川に助けられるのはいつものこととして、今年は芸術に助けられることも多かった。「海の幽霊」と「パプリカ」はしばし心の支えだったし、ゴッホの絵によって、素直さを曲げずにこれた。たぶんわたしは、これらの歌や絵が内包している”次元”を受けることで、自分の”次元”を肯定しようとしたんだと思う。

 

(※わかりやすい例えだと、うっかりUFOに遭遇したとして(笑)、UFOというものがこの世に存在することを知った自分てのは、これまで生きてきた次元より幅広い次元に存在することになる。この瞬間に自分を肯定しきれないと、”一般とされている次元”と”拡張された次元”の間で自我が消えそうになるんだけど、米津氏の歌とかゴッホの絵とか、健全な原風景がある芸術は、「UFOさえ存在する懐の深い次元」を持ってるので、触れるだけで自我を保てる場合があるって話。(一生懸命書いたけどわかりやすくねえ。。。!))

 

最大の幸運は、キテレツな私を理解してくれる夫がそばにいることだろう。ますます人生の相棒&サバイバルパートナーとして組み合う力が増した1年だった。

 

そして何より、旅はインプットだ。”途方もない懐かしさ”を全身で感じることは、記憶を掘り起こし、そこから溢れる情報を全身で再構築していく作業でもある。ただ、インプットばかりが増えていき、おまけに言語化しにくい、ひどく感覚的な情報ばかりが体内に溢れると、本当に孤独になるんだなーということも知った。

 

でも、どんどん深まる孤独の縁を必死になぞるたび、言葉が、形が溢れた。かつてないほど、自分が感じていることを誰かと分かち合いたい気持ちが溢れた。孤独の奥底まで沈んでいって、天井にむかって「誰か私をわかって!」と叫び出したい気持ちを知った。

 

何より、形にする喜びを知った。あなたに「わかるかも」って言ってもらえる未来を描きながら、言葉を紡いで絵を描いていく楽しさを知った。だから私は、この孤独をけっこう愛している。

 

2020年は、もっと形にする年にしたい。砂浜だろうがテントだろうがサイゼだろうが、どこでも文章を書いて絵を描ける身体にはなれたので(笑)、この2年撒いて水やりをしてきた種が、いよいよ花開く年にしたいな。

 

。。。まあ、どうにもブログだと奥歯にものがはさまったような書き方でごめんよ。でもこのブログだって読んでくれているあなたがいてくれるから成立してるんだよね。本当にこの1年もありがとう。あなたにとってもいい2020年になりますように。

 

来年もよろしくベイビー

 

f:id:yaeyaeyae88:20191231210503j:plain