弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

依存するのは悪いこと?

ふと思い出して「SEX AND THE CITY」を見返していた。大学生のころ、家の中が静かなことに慣れなくて、趣味と呼べるものも見つからなくて、寂しさを埋めるためによく観てた。今思えば、生きてること自体が不安!みたいだった当時の私にとって、キャリーたちは我が家の住人みたいなものだった。

 

10年ぶりに見返すと、なぜ19、20の私がこの海外ドラマにハマったのかがよくわかった。SATCはまだリーマンショックも起きてないNYを舞台に、登場人物たちの赤裸々なガールズトークや(昨日寝た男の精子がクッソまずいの!みたいな会話を土曜朝からするのね)、見ているだけで心が踊るファッショナブルな世界観によって瞬く間に世界中を席巻したドラマなんだけど、

 

今見るとなるほど、私はそういう過激さや斬新さに惹かれたのではなくて、登場人物4人の友情物語に憧れていたんだな、というのがわかったのだった。今になって、SATCが描いていたのは、女の友情による心理的セーフティネットだったのかってことがよく見えたんだよね。彼女たちは、男に振られたり、仕事で落ち込んだときは、女友達を頼る。時には恋人のように強く支えてくれたり、母親役を演じてくれたりする。つまり都市部では機能しない血縁・地縁のネットワークの代替になるのが、「なんでもあけすけに話せる自立した4人の女友達」なんだな。

 

そもそも4人の年齢はだいたい30半ば〜40代なんだけど、都市部のキャリアウーマンがあんなに熱い友情を維持するってほとんどファンタジー。理想の結婚とか恋愛を叶える以上に、女の友情を健全な状態で維持する方が圧倒的にハードル高いから(地元なら叶うかもしれんが)。つまり「女の友情」っていう潜在的な願望を描いたからヒットしたんだなあーと、思ったりした。

 

確かに、上京したての19、20の自分にはそれがすごく刺さってた。そうだ、女友達がいれば私は死なずに生きていける!って。同時に、「4人の女友達」ってなんて合理的だろうとも思ってた。つまりは、依存度を4当分してるから、リスクが低いよねって。だから恋人がいてもいなくても、女友達は大切だった。ダメになったときのどん底を慰めてくれるのは、彼女たちしかいないんだもの。

 

で、あれから10年経った自分は結婚して、かつては女友達に求めてた心のセーフティネットは夫にすげ変わった(夫は一番の親友でもある)。ただこれは生存本能だと思うんだけど、依存先が1箇所ってのはあまりにリスクが高いと感じて、友達、仕事や趣味の人脈などなど、やんわり支えてくれる相手、いざとなってもなんとかなる依存先ってのを、偏りがないようにかなり細かく分散してきた。ただ決して数は多くない。人間関係へのキャパは狭い方だから、大事にできる範囲までの付き合いではある。

 

ついでに言うと、私は母親との折り合いがハイパー悪かったんだけど、結婚して「家族」を持ったら、自分のルーツである母と仲悪い状態がひどく効率悪いのに気づいて、それこそ5年かけて関係修復に力を注いだんだよね。まあ改善した理由はそれだけじゃなかったけど(必然な向き合いだし)、結果的に母と仲良くなって以来、自分のルーツ、心の拠り所としての心理的安全性を得られた。

 

あとは「これがあれば元気!」と思える生きがいもたくさん見つけた。小説に没頭すること、登山をすること、旅に出ること、好きな作家やアーティスト、作品などなど。で、とにかく「これがあればハッピーになれる」と思える依存先を細かく増やすことで、どれに飽きても、どれがなくなってもリスクが大きくならないように分散してきたなあと、改めて気づいたりしてた。

 

なんかねえ、ふと友達と会話してても、「依存することは悪いこと」みたいに思う人が多いなあと感じるんだよね。いや、それは生存本能だから、ちっとも悪くないじゃんと思う。てかそこ責めるのってしんどいだけじゃないのかな。ただ、そういう発想に至る人ほど、確かにちょっと依存先が偏ってるかな、とは思う。多分自分が1箇所に依存してしまっている潜在的なリスクへの恐怖が、どこかで罪悪感に繋がってるのかなって思tたりする。

 

一昨年あるビジネス書のライターをさせてもらった時に、著者から「自立とは、依存先を増やすこと」という話を聞いてすごく腑に落ちたんだよね。つまり、1箇所に依存するとリスクが高いぶん、よりしがみついてしまうんだけど、依存先が100もあれば、もうほとんど自立してるようなもの。というか、一見自立的な人ほど、膨大な数の依存先を作ってるよねって話。これはフリーランスの戦略でもあって、クライアントを複数持つことで、もし1つのプロジェクトがダメになっても4つ残ってれば食えるよね、って話でもある。

 

だから、依存すること自体に何か不安を感じたり、違和感があるなら、複数増やせばいいよねと思う。いきなり「どこにも依存しない」ってのは無理だし、そこを責めてもしょうがない。むしろストレスが増えるだけ。だからまずは気持ちのゆとりを確保する方が先。その上で、冷静に「なぜ依存しないとやっていけないのか。この不安がどこからくるのか」を見つめていけばいい。

 

本当に向き合うべきは、「依存の原因」そのものであるのには間違いないし。ただ、誰でも丸腰で問題と向き合うのは恐ろしいから、武器とかアイテム、心のセーフティネットを用意した上でやればいいんだと思う。

 

それに社会の不安もいや増している昨今なので。「これがあればごきげんちゃん♫」をたくさん増やしていくのも一つの手だよね。紙に書き出してみれば、意外とたくさんあったりするし。ごきげん保険を増やしてくのは、結構楽しい作業でもある。まずはそっちを先に増やせば、自ずと、原因と向き合う力も湧いてくるんじゃないかなあと思うなあ。

 

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最近は絵画を見るのが一番楽しい。1枚の絵の前でじーっと過ごしてると、住人になれる。写真はパリにて。美術品撮っていいっていい文化だよな