弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

ゴッホが最期に見た景色 vol.1

何気なく曲がった角の先で、男の人と目があった。背中を青白く燃やした、フィンセント・ヴァン・ゴッホの自画像だ。

 

パリのオルセー美術館で、ひとしきり印象派を堪能したあと、あまりに広い館内にちょっと疲れながら、ゴッホゴーギャンの絵が飾られるフロアに降りた。へえ、なんかゴッホって割と特別扱いなんだな、くらいにしか思わずに、角を曲がって、その絵と目があったとき、思わず「ああっ」と声が漏れた。涙が弾け飛んで、全身が痙攣するものだから、私は感じきるのにもここは人が多すぎると思って、すぐに窓辺に逃げた。腹の底から推し出てくる声が止まらず、ハンカチを口に突っ込んで、背中で息をはいた。

 

もう一度、その絵の前に立った。ゴッホの自画像の周りで、たくさんの観光客が彼と2ショットをとっている。日本と違って、フランスの美術館ではアートの写真が撮り放題だ。まるで記者会見みたいな人混みの中でぼうっと突っ立ったままその絵を感じた。喉にも腕にも、ビリビリと力が刺さった。彼の命が、彼岸の向こうへ落ち着くこともせずに、絵の中で脈打っていた。その脈のリズムが私の心臓の音と同調した瞬間に、

 

命!

 

と絶叫する声が、腹のあたりで弾けた。

 

命! 命には境がない! 風も波間の光も、命!

命!命!命!命!命!

 

彼の絵には、命が描かれていた。でもその命を、私はこれまで見たことが無かった。例えば多くの日本人の宗教観でいえば、命は宿るものだ。だから肉体は、命の容れ物。さらに私たちは、無意識にも、あらゆるものに「宿る何か」を感じている。この葉一枚に宿る命を見ている。

 

そこへいくとゴッホの絵に描かれる花や机は、そのままの命が放たれている。「宿っている」という物の見方をしているというよりは、ただそこから放たれている命を、そのままの形で描いている。同じ命を見ているはずでも、「宿るもの」を見る目と、「そのままの命」を見る目とでは、距離感が違う。冷静さを取り戻すほどに、彼に描かれた命がよく見えてきた。

 

なんて純粋な眼差しなんだろう。この目が捉えた世界を、私も見てみたい。

 

だんだんふらふらして来てくる頃、夫の温かい手が背中を支えた。ご満悦な夫に「どっちが好きだった?」と聞くと、「もう圧倒的にゴーギャン。こんなによかったっけってびっくりしてる」と笑った。

 

もともと私は、絵画について教養がある方じゃない。父が絵を描く人だった影響で、母は夫婦だった頃、都内近郊の美術館によく連れ出されたらしい。そのおかげで、私は母に、よくポーラ美術館へ連れられた。父はゴッホが大好きだった。妹も、ゴッホが好きだ。私は、彼らほど真剣には見たことがなかった。好きな画家は?と聞かれたら、シャガールって答える。男が幽霊みたいになって、女にキスしてる絵が、昔からずっと好き。小学生の頃、転校することになって、担任の先生がシャガールの絵本をプレゼントしてくれた。その表紙の絵だった。

 

「本物ってすごいね。絵は生きてる。あのゴッホは生きてるよ。まるで御神体になってる磐座とか、朽ちても立ってる縄文杉とおんなじ」

 

パリで過ごす2週間は、できるだけの本物に触れると二人で決めていた。フリーパスを買って、パリ中の美術館を、足が棒になるまで回っていたところだった。

 

その夜、フランスで見られるゴッホの絵がどこに飾られているのかを知りたくて、検索してみた。すると、ちょうど2時間前、ゴッホについてのニュース記事が配信されたばかりだった。奇しくもここフランスで、ゴッホが自殺を図ったとされるピストルが、オークションにかけられたというニュース。そのピストルの画像をまじまじと見た。なんだかそのピストルは鈍色に落ち込んでいて、彼が描いた絵と比べると、あまりにもリアリティがなかった。

 

CNN.co.jp : ゴッホ自殺に使用か、拳銃が競売に 予想落札額750万円

 

そして調べていくうちに、最初に入ったロダン美術館と、その次のオルセー美術館にだけ、ゴッホの絵が展示されていたことがわかった。そして、ゴッホはパリのモンマルトルで弟のテオと2年過ごし、その後、アルルへ旅立ち、サンレミの精神病院へ入院しながらも精力的に作品を残し、最後はオーベルシュルオワーズで命を終えている。生前お金がなかった彼は、訪れた先の景色ばかりを描いていて、そのために各地では今も、ゴッホが描いた景色が一部残っていて、案内板が立てられているという。

 

私は翌日、すぐにモンマルトルへ向かった。映画「メアリ」の舞台になったことでも知られる観光地で、傾斜のある街で、丘の上のサンクレール寺院はランドマークになっている。坂をひたすらに上がっていくと、先を歩く夫が白いマンションを指差した。通りを挟んで、青いドアを仰いだ。なんとなく、あの辺りに住んでいたんだろう、と見上げた窓の向こうで、痩せて猫背の男が、パリの空にこだまする花の声をひたすらに聞きながら、硬いパンをかじり、キャンバスに向かっている横顔が見えた。

 

そのままじっと見上げていると、そのマンションに住んでいるらしき女性が出てきた。ドアの向こうに日がさしていた。

 

ゴッホの家の前の坂をしばらく登っていくと、ギャラリーから出てきた太った男が、通りに水をまいた。その風景が妙に懐かしくて、私は夫に「アルルに行きたい」と言った。

 

当初の予定では、パリで2週間を過ごし、途中から合流した友人らとともにノルマンディーを回った後は、残りの2週間を、南フランス〜スペインあたりで過ごす予定だった。というのも、私たちは5月に過ごした熊野で、あまりにも多くのフランス人が熊野古道を歩いているのが気になって調べたところ、実はフランスにも、スペインのサンデイアゴ大聖堂を目指す巡礼の道「サンディアゴ・デ・コンポステーラ」があるのを知った。フランス旅の後半は、この道を辿って旅をして、ラストはピレネー山脈をハイキングする予定でいた。さらにこれらの巡礼道は、夫の愛読書である堀田善衛の「路上の人」の舞台にもなっている。

 

「うん、いずれにせよ、アルル経由でもピレネー方面にはいけるね。ちょっと遠回りになるだけだ。問題ないよ」

 

「よかったー! それに、アルルはゴッホゴーギャンと過ごした場所でもあるんだよ」

 

「へえ!いいんじゃない?俺も見てみたい。南仏で過ごす時間は2週間近くある。いくらでも、どこへでもいけるよ」

 

やがて、私たちはゴッホが通ったというカフェに落ち着いた。空気のよく通る赤い装飾が施された店内で、スタッフがせわしなく行き交っていた。ふと、この何気無い風景に、古いセピア色の景色が重なって見えた。タバコの煙が充満する空間に人がぎゅうぎゅうに詰まって、その中で咳き込んでいる骨ばった背中。ゴッホは、結局都会が合わなくて、自然のある場所に行きたくなったんじゃないか。空気の綺麗な場所を本能的に求めたのじゃないか。私はそんなことを考えていた。

 

 

つづく

 

 

f:id:yaeyaeyae88:20190708155914j:plain

f:id:yaeyaeyae88:20190708161953j:plain

オルセー美術館は、元は駅だったらしい

f:id:yaeyaeyae88:20190708161851j:plain

オルセーからモンマルトルが見える

f:id:yaeyaeyae88:20190708161027j:plain

モンマルトル

f:id:yaeyaeyae88:20190708161913j:plain

ゴッホとテオのアパート

f:id:yaeyaeyae88:20190708163046j:plain

f:id:yaeyaeyae88:20190708160003j:plain

ゴッホは左隣のレストランの絵を描いてる

f:id:yaeyaeyae88:20190708160008j:plain

f:id:yaeyaeyae88:20190708160004j:plain

 

 

おまけ

 

f:id:yaeyaeyae88:20190708161909j:plain

ルーブル美術館

f:id:yaeyaeyae88:20190708161859j:plain

ジャンヌパイセン

f:id:yaeyaeyae88:20190708161902j:plain

f:id:yaeyaeyae88:20190708161853j:plain

f:id:yaeyaeyae88:20190708162528j:plain

ロダン美術館もすごく良くて、結局5回も通ってた

f:id:yaeyaeyae88:20190708163537j:plain

パリの美術館では、どこでもスケッチしてる人がいっぱいいて、私も真似してスケッチしてた。特にロダンは、見てるとなぞりたくなってくるんだよね

f:id:yaeyaeyae88:20190708162455j:plain

f:id:yaeyaeyae88:20190708162306j:plain

f:id:yaeyaeyae88:20190708163821j:plain

ちなみにピカソ美術館では親子でスケッチしてて可愛かったよ

f:id:yaeyaeyae88:20190708164134j:plain