弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

黒潮のラブレター

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真っ平らに見える海で突然、氷山の一角に頭をぶつけた、みたいな衝撃だった。

 

熊野に来たのは、このところほっておいても掘り起こされるいろんな記憶から、一旦逃れて身体を休めたり、地に足つくように強化したいからだった。

熊野古道を歩いて、温泉に入って、合間に仕事したり、物語の続きを書いたり、いいサイクルだったし、いい感じだった。

でも1週間経ったとき、夫が急に「海見たいね」と言い出して。

それで那智の滝を見に言った後、那智勝浦にある弁天島前のカフェで、来月いく予定のフランスの計画を立てながら、

「ほら、山にこもるのもいいけど、やっぱり海にくると、旅の計画立てたくなった。気持ちが外に向くんだよ。あと1週間くらいは、こっちで過ごしてみようよ」

夫は、アウトドアや旅をしながら仕事をすることで、土地や景色を変えるたび、いろんな考え方ができたり、アイデアが浮かぶのをこのところ楽しんでる。わたしも今書いている物語の舞台が変わるところだったので、それはいいかも、と賛同した。

 

熊野の海岸線を、串本まで向かった。キャンプをしていた本宮から新宮へ出て、那智勝浦を超えて、串本までは1時間ちょっと。

 

車道から、海にそそり立つ巨大な岩の群れが見えた。内陸から、向かいの紀伊大島に向かって、一列に岩の巨人が背を向けて並んでる。見るのは二度目。なのに初めて見てる気分になった。胸が痛くなった。

 

突然、涙が吹きこぼれた。

何も思い出せないけど、身体が激しく感応した。

 

そこから潮岬の先っちょにあるキャンプ場につくまで、胸を痛みが突き上げた。

車は森のなかを走った。花の澄んだ香りが入ってきて、

どんどん胸が痛くなった。思わずわたしは前かがみになって

「痛い 何この島、心がすっごい痛い」と声を漏らした。

夫はもうこういうのに慣れ切ってて、わたしがびいびい泣いてる横で

「海や〜〜〜〜〜ポコちゃん(うさぎ)海やで〜」とかいいながらハンドルを切る。

 

 

それから1週間は、何も思い出せないけど、何かが思い出せそうな痛みがずっと続いた。

 

で、あちこちを遊んだり巡ったりして、特に何も思い出せないまま、でももうだいぶ満喫して、最後の日。

 

朝方、ポコちゃんに起こされた。あれ。初日もポコちゃんに起こされたよね。時計見たら朝4時半。日の出の時間。ねえポコちゃん、これ、日の出を見てこいってことだね?

 

って夫と顔を見合わせ、橋杭岩の朝日を見にいった。道の駅がすぐそこにあって、車中泊の人、よそから朝日を見に来た人が、三脚構えて朝日を待ってる。水平線の向こうが、分厚いねずみ色。「これは日が昇るまであと1時間はかかるよ」と、山のご来光を散々見てきた経験で夫にいうと、「ええやん。俺ここ好き」とあくびをした。

 

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すると、カメラを構えていた人たちが場所を移動した。朝日がもうすぐ見えそうだった。これまで巨人の背中が紀伊大島に向かって並ぶように見えていた岩群の、横顔が初めて見えた。

 

驚いた。真横から見た岩は、まるで外洋に向かって祈る人の姿だ。

 

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あっけにとられて見ていたら、ちょうど正面の岩が、この地にいくつかの伝説を残した空海の、祈る姿のように見えた。その合わせた手の先から、光が溢れた。

 

隣にいたおばさんは泣いてた。わたしもちょっと泣いた。でも何も、結局、思い出せはしなかった。

 

 

最後に、岬の先の、森の中にある神社に行った。滞在のお礼を言って、参道を帰る時、不意に、森の奥へ続く小さな小道のイメージが湧いた。

 

(あれ、どこかに、この神社のもっと奥の森に続く道がある。

 そう、左に入る小さな道がある)

 

でも、実際に探してもそんな道はなくて、次第に日が強くなって、汗が出てきた。風が吹いた。ここは南国だな。岩にこもる磯の香りと、トベラの白い香りが鼻先で混じって、目を閉じた。

 

その奥に、かすかに懐かしい手触りがあった。

 

これだ、この香り。

 

ふと車道から脇に目をやると、何と本当にあった。さっきふと浮かんだイメージのままの、森の中の小道だ。光が刺した。そしてふと、ここは禁足地である気がした。立ち入り禁止にはなっていないし、そもそもなんの標識もない。ただ、神域らしさがある。おいそれと入ってくれるな、という空気が、車道の音を遮ってる。

 

なんとなく人目を気にしながら、小道を進んだ。もう体がどんどん進む。ああ、どうか蛇だけは出てこないで、と手を合わせる。道は二手に別れた。胸が波打った。迷わず左手に進んだ。瞬間、体に何か触れた。違う、何かの領域に入ったんだ。

 

森の真ん中に、巨岩が積まれて、小高い山になっていた。

 

磐座にも、遺跡にも見える。古代、ここに人がいた。そういう場所だった。どう見ても、ここはただの森じゃない。でもそんなの、島の案内にも地図にも、どこにも書いてなかった。熊野は、信仰と自然の奥深い土地だ。調査すべき場所が腐る程ある。ここは誰にも調査されないまま、緑に覆われていっているのかもしれない。

 

岩が黒い。思わず撫ぜた。黒々とした岩は、この辺りの岩質からは浮いて見えた。でも大抵の磐座は、なぜかそこだけ色が違っていたりする。靴で上がるのが忍びなくて、裸足になった。岩の丘の頂上に上がってみた。

 

全身から涙が吹き出た。

思い出した。そうだ、昔、ここにいたんだ。

 

記憶が吹き出す瞬間の痛みは、初めてのセックスみたいにどこまでも、脳天を貫いていく。いく層もの感受ヒダが串刺しになって、その奥から眠っていた記憶が引っ張り出される。泣き声は、草刈りのチェーンソーがどこかで響く音にかき消されていく。わたしは泣き叫んでる。そういう自分を、もう一人のわたしが冷静に見ている。どうして泣いているのか問うと、切々と事情を語り出した。泣いているわたしを、もう一人のわたしがなだめる。

 

誰ももう、あなたを責めてない。誰もがあなたを許してる。この森の光も風も、土もずっとあなたを見守ってる。だからわたしがここにきた。

 

岩に寝そべった。木漏れ日が滝みたいに空から落ちてくる。

 

あなたはわたしの一部として、ともに穏やかにあって欲しい。溶け合って欲しい。あなただった、わたしと一緒に。

 

わたしはわたしの体を両腕で抱きしめて、もう一人のわたしを、わたしが癒していく。はたから見たら、双極性障害?笑  でも案外、そう診断されてしまう人に起きてるのはこんなことなんじゃないのかな。

 

それから3日後、わたしは紀伊半島をぐるっと反対側の海にある、伊勢・鳥羽の旅館で、海を見てた。同じ海でも、伊勢湾と熊野灘は全然違う。熊野の島にいたかつてのわたしは、伊勢の海を見ながら「この海と人々に救われた」といって微笑んだ。そうか、黒潮に乗って、紀伊半島を回って、この地にきたのか。ああだから、わたしは鳥羽の海や、ここの人々を見ていると、いつも心が暖かくなるのね。

 

車に乗り込んだとき、夫がなぜか「久保田利伸かけてよ」と言ってきた。適当にかけた曲は「LA・LA・LA・LOVESONG」だった。

 

とめどなく楽しくて、やるせないほど切なくて、そんな朝に生まれる、僕なりのラブソング

 

いつか誰かが、「掘り起こされる古い記憶は、過去からのラブレターだよ」と言った。わたしは、望むと望まざるに関わらず、古い記憶の蓋をあける旅を、もうほとんど強制的にやってる。やらされてるのと、やってるのは、わたしには紙一重だ。

 

そういう時間から逃げたはずの熊野で、いきなり記憶の扉が開いたように。

「好き」って気持ちが、「懐かしい」気持ちが、記憶の鍵になっているのだと思う。

やるせないほど切なくても、とめどない楽しみの中に、こんなラブレターがあるのなら、それこそ命の発露と喜ばずにはいられない。

 

だから観念しようと思う。わたしに起きてることはちょっと大げさにわかりやすい感じだけど、それはわたしの役割に必要だからそうなってる。きっと、それぞれに、その人仕様の「思い出し方」も「解消の仕方」もある。思うに、ほとんどの場合はもっと無意識にすぎていくのかもしれない。ただ共通するのは、どこまでも向き合う相手は自分であること。

 

そんなわけで、思い出す痛みから逃げてもみたけど、結局のところわたしは、

こういうのが、趣味なんだ。と認めなければならないんだな。

こういう全身全霊の思い出し方が、実は趣味なの、と。

だって起きることは自分で選んで起きていることだからな。

 

わたしは痛みも切なさもとことん味わって、誰かと分かち合いたい。

そこにわたしの、命の発露がある。

5月の新月の日、思いつきで始まった熊野の旅は、満月の伊勢でひとまず終わった。

 

 

6月はフランス・パリと、モン・サン・ミシェル、そしてピレネー

何やら長い旅になる。次は何を思い出すんだろうか。

 

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