弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

ぼんやりつらつら節

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確定申告が終わった。税務署に行くときは、なぜか毎年雨だなあと思う。自転車を漕いでるとき、夫の丸いせなかを見ていると幸せだ。丸いものが好きだ。交差点で並んで、夫の頬を人差し指で掬う。何の反応もない。反応されても困る。一方的にスキンシップがしたい。雨でまつ毛が濡れてた。私のより長い。

 

なんだろう、とても眠い。原稿は昨日送ったし、今日はあれを書こう、と思っても眠いばかりで、もうカフェを移動して2軒目になるのに、ぼうっと鴨川の鴨がやる気なく流されていくのを見た。ここのカフェのBGMはピアノ。居心地がいい。街に行くと、やたら音楽ばかり流れてると思う。過剰さが呪いみたいでしんどい。家で音楽を流しっぱなしにすることが、まずない。

 

ちょっと前に伊勢に行ってきた。東京にいたとき、最も通ったのが伊勢だった。京都に越してきても、それは変わらなかった。でも、前は神社とか海とか川ばかりをめがけていたのに、今は友達めがけて行ってる。年始に、伊勢の友達と夫を紹介しあった。帰りがけ「空気感が好き」と夫。嬉しかった。

 

いい加減、長いスパンでお金を考えないと。このままではいかん! ということで、ファイナンシャルプランナーなる人に会いに行く。サイゼで必死に電卓打ちながら、傍ら、夫が見つけたらしい。担当の男性は同世代くらい。話が弾んだところで三重県出身とのこと。「私伊勢大好きです」「え、僕、伊勢高校通ってました」。不思議なところで繋がるものね。

 

「伊勢がそんなに好きなら、なんで京都に移住しはったんですか」と、伊勢で聞かれる。なんとも、一言では言い切れない。ギリギリまで、伊勢と京都で悩んだ。物理的に、もう一段地方へ住むには、わかりやすい名刺や看板があったほうがいいだろうという考えがあった。「何してる人」って、地方にいくほど大事だ。今の自分らには、そういう名前がない。まだ都市の力がいる。

 

ただ、本音を言えば、なんだろうな、伊勢はずっと心の支えだったから、いざ住むとなると、「もしこの土地に振られたら、死ぬかも」とものすごく怖くなった。それはすごくある。

 

それに、東京から伊勢に移住したら、リバウンドがきつそうだとも思った。例えば伊勢神宮をお参りした後、みんな赤福を食べるのは、聖地で清まりすぎて、俗の世界に帰るのに、砂糖の力で身体をならしたいからなのよね。登山もそうだけど、人間ってあまりにも自然に近くなると、反動でマクドナルド行きたくなったりする。流石に13年分の東京垢がある身体でいきなり伊勢に住むのは、しんどいかな、とも思った。両方を10年行き来し続けて、そう思った。

 

京都は、今の自分にとってバランスがいい。自分の役割にとって必要な聖俗バランスにしっくりきてる。伊勢まで2時間半。この距離が、もう少しの間、大事なのかもしれない。

 

それにしても、唯一の誤算は、全然家にいないことだ。東京にいた頃は、そもそも都会にいるのがもうしんどくて、3週間経つとどこかしらに出て行ってた。1ヶ月以上家にい続けたことが一度もなかった。

 

京都に引っ越したら、もう落ち着くだろうと思っていた。引っ越したばかりの頃、窓の外でハクモクレンが揺れてた。澄んだ甘い匂いが、家中を包んだ。彼女とともに生きるのだ、春も夏も、秋も冬も。そう思ってた。

 

でも蓋を開けてみたら、旅ばかりだ。むしろ拍車がかかっている。9割楽しいけど、心のどこかで、こうとしか今のところは生きられそうもない自分を、どこまで扱えるのだろうという思いもある。でもそれ以上に、「次はどこへ行こうか」と言うワクワクで脳みそいっぱいで、もういいや、ふふふ、と笑ってしまう。仕方がない。放浪癖は親譲りらしいし。

 

この春は、沖縄と新潟、そして台湾へ。アイスランドから帰ったら、ゆっくり家にいようと思ってたんだけど、どうしてこうなったんだっけ。どれも誘われるまま予定が埋まっていった。ハクモクレンがゆっくり花開いていくのを毎朝眺めるような、そんな時間の流れもいいよな。と、頭では考える。考えたりしてる。