弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

徳島と剣山と米津ライブ

京都から徳島へ車で行くとき、神戸を経て、真っ白な明石海峡大橋を渡る。やがて淡路島に入った途端、強烈な眠気に襲われる。ぼんやりとした眩しさが島の東側を覆っていて、西は雨だった。観覧車がのっそり回るSAで運転を交代して、疲れた夫はすでに眠ってる。ハンドルを握る手に力を込め、ほっぺをかみながら、誰ともつかぬだれかに「勘弁してくれ」と言いたくなる。そんな衝撃の後、さらに鳴門大橋を渡る。いよいよ徳島だ。夫がむくりと起きて、「海と山椒魚」をかける。目の端に白い海が映る。真午の海に浮かんだ漁火を探そうとキョロキョロして、強風に車を煽られ、夫に「だーもう!」と強く注意される。

 

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徳島に入ると、いくらか体が楽になる。淡路はさすが神話の発祥地なのかどうにも異次元で、徳島はその洗礼を受けた、さらに向こうにある幽玄の国なのだった。島と島の境界に、強烈な引力を持った鳴門の渦潮があるのだから、徳島は、何か俗世から地続きとするものを分断してそこにある気がしてくる。

 

前回来た時は夏だった。徳島市内へ入る細い高速道路を進むと、眼下に住宅街が広がり、所々沼地が見える。緑色の大きな葉が浮いている。レンコン畑か? そういえば、京都でレンコンを買うといつも徳島産だった。東京に居た頃、スーパーで徳島産を見かけることはほとんどなかった。京都はこの沼地から射程内ってことか。私は京都に住むことで、徳島の射程に入ったのか。

 

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冬になって、沼地はそのまま、枯れた茎が侘しく折れていた。空は曇天だった。夏来た時も同じ。海と山がぶつかる地形からして、徳島市は割といつも曇るんじゃないか。そんなことを考えていると吉野川に差し掛かる。でかい! 源流は高知との県境にあり、山々の支流を集めてでかくなる。夏に剣山に登ろうとして、この川の上流へと伝う国道を通ったが、しだいに川幅が狭くなる。あれを思うと、海にでる市内ではマックスの川幅なんだ。長い橋を、地元の学生がせっせとチャリこいでる。風に煽られても平然とした顔で、海側を眺めている。市街地が、巨大な川によって分断されている。河川敷は広すぎて、なんとゴルフ場まであった。

 

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徳島ラーメン

 

夏に来た時は、徳島ラーメンを食べて、イオンで夫と大げんかした後、山奥にある神山に宿泊した。

 

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ここよかったなーコワーキング のある宿「WEEK 神山」

 

 

朝方、たまたま見かけた神社へ1人で参った。「上一宮大粟神社」とあった。拝殿へ上がり、正座をした。ふと見ると、何か石のようなものが奉納してある。鬼の顔。鬼の面をした屋根瓦だ。それも、般若のような京風のそれではなく、まるで土から生まれたような、肉肉しい顔つきだった。この辺りの古民家が取り壊された折にここに奉納されたのか。後で調べたら、その神社は古事記スサノオに体躯を斬られる阿波の神様、大宜津比売の神社だった。

 

予定ではそのまま剣山に登るはずだったのが、土砂崩れで山道が封鎖されたために、山を降りて美馬市を再び回って、つるぎ町側から入った。朝方なら雲の上にでもありそうな山の中腹に、石垣に支えられた古民家が立ち並び、しばし口を開けてそれを仰ぎ見た。「隠れ里」という名前がしっくり来そうな家々が、山の中腹に並んでいるのだ。誤解を恐れずにいえば、何かから逃れてそこにあるような、何かを守っているような里だった。そういえばもっと奥には秘境で有名な祖谷もある。

 

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剣山は案外すぐに登れて、山頂から一ノ森へ渡り、そこでテントを張った。夕暮れ、一ノ森から剣山を見ると、まるでピアスのような三日月が、いちばん星から垂れ下がっていた。突如として懐かしさが溢れて、小一時間は泣いただろうか。似たようなことが昔もあった。その山も霊山だった。剣山は、木々を剥いだらそこにピラミッドでもあるんじゃないかと思わせるほど、引力のある山だった。夜になると、一ノ森からずっと向こうに徳島市内が見えた。

 

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一ノ森から見た剣山

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徳島市側から登る朝日がよござんした。笹の中にあるのがテント

 

山からみると、徳島はほとんどが山で、市内は海側にちょこんとあった。そしてどうにも、剣山は、徳島じゅうを見下ろし、また見守るような形でそこにあった。

 

そんな夏の思い出を思い返しながら運転していると、県庁が見えてきた。

 

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ホテルから見た徳島市

すぐ横のホテルにチェックインした。雨が降ったり晴れたり、忙しない天気だった。ホテルからは中州が見え、漁船が居眠りするように揺られている。うっすらと潮の香りがする。アスティとくしまへ行く道で迷った。なんとなく、同じように迷っている風の学生さんらしき男女のあとに付いて行ったら、たどり着いた。ライブ会場へ向かうにつれて、「あ、あの人もファンだな」とお互い何と無く気づきつつ、ちょっとそわそわする感じ。会場のあたりは埋立地だろうか、潮風が強く、ファンの女性同士が身を寄せ合っておしゃべりしている。みんなターコイズブルーの手提げを持っている。家族連れが多い。

 

ライブが始まり、米津玄師が出て来た途端、歓声より一瞬先に、さざ波が立った。観客の感情の高ぶりが、まるで波が立ったように会場に溢れ、弾けるようにして歓声が湧いた。私は大掛かりなステージのギミックにびっくりして、夫の肩を思わず叩くがすでに没頭して反応がない。米津玄師が食われたり出て来たり上がってきたり、その周りを、背中に脊椎が飛び出したダンサーたちが囲んで、はちゃめちゃに踊る。このダンサーさんたちが、泡が弾けんばかりに飛び跳ね、笑ったり怒ったような顔を度々浮かべるので、じっと見ているとついつられてしまう。曲に、太鼓の合奏が合わさるところがあって、ピタッと揃っていてものすごく気持ちよかった。

ひらり振り返る米津玄師の背中にも、脊椎らしきものが見える。躍動感のあるダンサーとの対比で、彼自身はとても飄々として見えながらも、どちらも彼の世界にあるものなんだろうなと感じ入る。

声がまた色っぽくなったような気がする。熱っぽいというのか。色っぽい声とは、何か受容するものがある、深い癒しがある声で、その人の心と体が辿った過程が、声に凝縮されるものなのかな。と、勝手な想像をする。全ては私の妄想である。しかしどうにも妄想を誘う空間だった。単なるライブというより、ストーリーのある舞台を観た気分だった。

 

会場を出ると、白い月が鏡のように浮かんでいた。興奮覚めやらぬまま、夜風に体を冷やされて、気づいたら徳島駅前のあたりまで歩いていた。「安兵衛」という小さな二階建ての居酒屋に入ると、カウンターに通された。ライブグッズのパーカーや、フードを身につけた男女が四人くらい、机を囲んで談笑している。いいなあ混ざりたいなと思いつつ、心で彼らに祝杯を掲げ、夫と乾杯。手羽先ギョーザなる、手羽先に餃子を詰めたものがべらぼうに美味しかった。おばちゃんが元気なお店で、「うまいやろ!」と笑顔で聞いてくる。目がキラキラしている。

 

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うううまい

 

翌朝、幸運なことに満月とあって、大潮の渦潮をみた。橋の上から見ているだけなのに凄まじい引力で、酔った。そばにあった「大鳴門橋架橋記念館エディ」が面白くて、ここでかなりの時間を使ってしまった。徳島の紹介動画もあった。次は阿波踊りを見たい。踊りの手の返しが、天と地を交互に行き来するのにひたすら見入った。三好市のあたりも気になる。そういえばMCで中ちゃんが藍染体験の話をしてて、調べたら徳島は藍の名産地だった。藍って宇宙みたいな色だよね大好き。大塚国際美術館は閉館日で見られず、そのまま淡路へ向かった。

 

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鳴門大橋

 

徳島の鳴門市から淡路島へ入る鳴門大橋、また淡路島から神戸に入る明石海峡大橋。二つの巨大な橋を渡るたびに、ふとこれが、徳島っ子が徳島を出るときの風景なのだと思った。淡路は、徳島に比べさらに畑が多く、明るく天気が良く、気だるい午後の日差しに海が照らされて、ぼうっとしてくる。古代から続く巨大な異空間を通過して、そこからさらに神戸の街並みが見えてくる。こうみると大都会だ。橋を渡ったら俗世だ。SAの観覧車さえ、「ここからが境界です」と主張する門番のように見える。橋を渡れば、そこはもう島ではない。気だるさが消えて、目が覚めてくる。徳島にいる間の、あの不思議な感覚を、もう思い出せなくなる。

 

徳島で米津ライブを見るのが念願だった。そういえばMCで「ただいま」と「おかえり」のやりとりがあって、なんだか胸をつくものがあった。私にとって、故郷はしんどい。大好きだし大っ嫌いだ。どちらもあるからしんどい。そういうものを、背負うでも、背を向けるでもなく、こうして向き合い続けながら同時に変化していくのは、実はすごくカロリーを使うことなんじゃないかと、感じ入ってしまった。ああでもそういう相反するものから逃げないのが彼の歌の魅力だ、と、勝手ながら思った。本当にいいライブだった。

 

ちなみに明石海峡大橋を渡る時は「アンビリーバーズ」が爽快です。

 

 

 

 

 

ところで漁火はどこで見れるのーーー