弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

「なんかしんどい」を解消するために

この頃、友人らからくる相談事を聞くにつれ、いつも私は同じことを答えてるなあ、とハタと気づいた。それはとにかく、これ以上「考えること」をやめて、今の環境(会社、家、友人コミュニティ)で癒着しすぎた身体を、一旦ベリベリ剥がして他所に移し、0になった方がいい、ということ。考えるのも進めるのも、転地して身体を軽くしてからだ、ということ。

 

自分で思ってる自分って、本来は水のように留まるところのないはずのものなのだけど、これが周りに写る自分の反射を受けまくって形作られ、固定化されすぎてしまうと、だんだん自分を見失ってしまう怖さがあるんだよなと思う。お母さんである前に、妻である前に、彼女である前に、部下である前に、女で男である前に、人である前に、はて自分はなんだったかな、というもの。社会からの要請はともかく、自分から湧き出るものはなんじゃろな、というもの。

 

それは今いる場所をエイっと移動して、自然のあるところへ行って初めて、0にできる。0になって初めて、わかることがある。1人なら一番話が早い。友人や家族が一緒でも、半日でいいから1人になるといいと思う。

 

同時に、特に東京で働く友人らには、なおのこと、一度東京から出ることを勧めたい。別に東京にいるのが悪いってんじゃないんだけど、13年間都内のあらゆる場所、郊外から都心まで暮らしてみて思うのは、人間、土と水が極端に少ない場所にいると、身体の感覚から野生が抜けて、頭ばかりが回るようになってしんどいんじゃないかということ、極端に人口密度が高いところにいると、集中力が切れ神経が痛んでいく、ということでした。もちろんこれは私や友人の場合で、というのも類友現象なのか縁ある人には敏感な人が多いので。全然平気ならそれでいいんだし。でも、敏感すぎる神経を、お酒やギャンブル、依存に偏った恋愛(不倫とか)などの発散オンリーに没頭することで麻痺させて明日を繋いで「へ、平気」ってやってる感覚がすでにあるのなら、それはかなり赤信号だと思う。それはもうそこいる限りしんどいママなので、億劫でも、自然のあるところに移動してみた方がいい。癒着してる体を、ベリベリ剥がしたほうがいい。だんだんと「あれ?」って正気になって、何を考えてたっけな?ぺへへってなる。

 

私自身の話をすると、そもそも幼少期を山奥の、古い神社が中心にズドーンと配置された小さな村で育ったってのもあって、その面影を探すように、神社と山(登山)、島を巡ることが多かった。その旅は今も続いていて、特に多いのは伊勢志摩、熊野、吉野、沖縄諸島屋久島。車を持つようになってからは、実家のある新潟—金沢や、鳥取—出雲の日本海ラインにも縁ができるようになった。

 

すると、どうも自然や神域というものは、東京というものと、真逆にあって、その真逆に身を置いて初めて、見えてくるものがあまりにも多い、そしてあまりにも元気になる、ということがわかった。

 

例えば伊勢や熊野の神社に行くと、「神様って自然そのものやんけ」って思えてくる。翻って「東京の神様は金と権力なのか」ってことも見えてくる。

 

山に登るとしんどすぎて、マジで「悩んでたことちっさ!」ってなるし、地に足をつけた考えができるようになる。疲れてるのに、足元から力がみなぎってくる。

 

海に入れば、塩の力なのかけだるかった全身が軽くなり、払われたようになる。無重力に浮かんで、どれだけ全身がこわばってたか気づく。全てをコントロールしようと力んでしまう愚かさを笑える。

 

同じ理由で温泉もいい。源泉掛け流しは、浸かってるだけで地のエネルギーが入ってくる。マグマのように細胞が騒ぎ出す。

 

何より、流れている時間と時空が違う。土地のおばあちゃんなんかと話していると、自分がどれだけ小さな世界にいたか気づかされる。土を触って命をつなぐ人の持ってる時間軸に、世界のリアルを感じたりする。じゃあ翻って自分は?ってなる。別に東京を批判してんじゃなくて、東京で過ごすなら、バランスを取ることにどうしても労力はかかるよということ。敏感なら。

 

とは言っても、贅沢な旅なんてしなくていい。私もしたことがないよ。特に20代のお金がない頃は、夜行バスやゲストハウス、飛行機もセール狙いで5000円以下が当たり前。移動手段はだいたい徒歩で、(あれ、これいっそ歩くのがメインの旅の方が楽しいかも、と思ってお遍路に切り替えたりとか)歩くのが嫌になったらヒッチハイクしてた(土地の治安と人を見極める目がかなり必要だけども)。今もそれらを活用しながら、車中泊やキャンプを応用して、とにかく旅代を浮かせる。旅はお金がなくても、実は知恵と工夫でいかようにも組める。温泉に入るなら、いっそ湯治宿の方が安かったりもするしね。

 

結婚してからは、夫がやはり都心でガリガリ働いてしんどそうだったので、とにかく癒着して思考停止に陥らないように(陥ってしまえばかえって楽なんだろうけど、夫は金生むためのロボットじゃないから)、週末のたび、都内を抜け出してた。千葉方面なら館山、神奈川なら丹沢や鎌倉、一番よかったのは、群馬の水上にある宝川温泉。ここは川をはさんだでっかい混浴露天風呂のある源泉掛け流し温泉で(女性のみの露天もある)、しかも上越新幹線に乗り込みさえすれば、ものの1時間で上毛高原に到着、あとは迎えのバスに乗るだけ。都内を出るエネルギーが極めて少なくて済むので(移動が億劫で出たくないことも多いから)、かなり重宝した。びっくりするくらい山奥に連れて行かれるし。同じく温泉街にある新潟の実家にも散々お世話になった。

 

当時夫は企業勤めサラリーマンだったから、いまより福利厚生も収入もそりゃ安定してたけど、結局お金が入っても、ストレスマネジメントでなくなっていくんだよね。人間らしく生きようとしたらお金がかかる。なんだかバカみたいじゃんって思ってた。私1人ならゲストハウスでもいいけど、しんどい夫もとなると、やはり旅館の方が癒しになる。結局、ストレスがかからない生活の方が、貯金もできるし仕事にもハリが出る。

 

会社を辞め、移住したこの1年で、夫は本当に見違えるくらい元気になった。難しいんだけど特に男の人には、たとえ体が合わなくても、無理してでも成し遂げたり、試したい力もあるから、その舞台として東京というシーズンがどうしてもある。ただそのシーズンを正しく生きるなら、ちゃんと戦いたいのなら、矛盾するようだけど適度に東京を出て欲しい。そしてエネルギー補給をして欲しい。夫の友達らもにくどいほど言い続けてる。自覚的にそこにいるのと、飲み込まれるのとでは全然違うでしょう。

 

女の人は、繊細な分、倍は補給が必要だと感じる。自分はそうだった。

 

あ、あと最後に、旅の間はスマホ切った方がいい。つか最低限。特にSNSはよくない。これ絶対。マジでお金払ってる意味なくなる。ナウシカで、王蟲の触手があるでしょ? 人間にも、ああいう管がついてて、その管で自然とか温泉とか風とかと繋がって、栄養補給するために休養するんだから。スマホって、結局その管をインターネット空間や他者に繋げ続ける行為だと思う。それでは癒着されたまま、固定化されたまま。旅先まで来て結局それとつながり続けてたら意味がない。もっといえば、神社や海がいいのは、他者にくっつけられたいらない管を切ってくれる場所だから。ちょっと気色悪い話かもしれないけど、経験上、ある。もちろんお楽しみのための写真やSNSアップだってあるけれど、少なくともいまこの記事を最後まで読んでくれた人で、しんどい自覚があるなら、旅中くらいやめてみてもいいんじゃないかなあ。

 

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西表島にて、滝を浴びるちかちゃん