弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

おおおおい読書って旅くらいおもろいやんけ

ああ、だから私は熊野が本当に好きなんだなあ。京都に住む時真っ先に思ったのは、どうも京都から山々を見る時、あの向こうに吉野があって、熊野があってと想像を掻き立てられ胸が痺れるのがたまらんという、切なさを味わうためにここに住むことを選んだのも一つあるかも知れんということ。一種の移住プレイというか、ここは紀伊半島を思う時、その「思い」の出発点になるような地なんだと思った。

 

車も何もない時代に、京都から熊野へひたすら通いまくった後鳥羽上皇後白河上皇の気持ちがわかるかもしれん。院政の時代、武家が力を持つ時代に、どうかもう一度栄華を、と切羽詰まった気持ちで熊野詣でをして、山中を歩き山中で眠り、禊をして拝殿で光を浴びた時、どうにもエロティックな体験をそこでしたのだと思う。何かが自分に呼応する。その交歓を一度でも味わうと病みつきになる。それは身体と自然をもってして初めて叶う。そら京都に熊野神社作るわ。

 

以前、沖縄の大神島に行った時、ノロのおばあが言った。「神事が終わった後、ノロはみんな泣きながら踊る。カミさんが体を通ったのが嬉しくて嬉しくて、踊ってしまうの」と。上皇たちもきっと、交歓がたまらなくて、なんども京都から山々を超えて熊野に詣でたんだと思う。それは、ある種のアウトドアブームと根っこは同じ。自分の内側に触れたいと思う時、山の引力に引かれるのと同じ。木の葉を揺らす波が見えたとき、溜め込まれた孤独が溶けていくのと同じ。

 

好きな作家ができた。なんだかいうのも恥ずかしい。この気持ちは何。ねえなに? 突然、本を読むことが旅に出ることと同じくらい楽しくなった。なんだこれは。読書ってこんなに面白かったの。今までの読書なんて読書じゃねえじゃん。あたし処女だったわ。30過ぎるまでこんな好い事知らんかったわ。図書館ってすごいところだな!!タダで読めるんかい。でも買うがな!! ページ開く。筆の先から全部伝わる。言いたいことが身体でわかる。なんでこんなに泣きたい気持ちになるんだろう。旅先で出会った本だった。熊野が好きな気持ちと、その物語を好きな気持ちが全く同じ地平にある。枯れた杉が土にかえる、あの酸っぱい匂い。

 

不思議だ。好きな作家の三人のうち、下の名前がみんな同じ(1人だけ濁らない)。そしてみんな、地に縛られもし、地に生かされもする。私は、土から木のように生えてきた人間が、鳥が鳴くように描く物語が好きみたいだ。人間以外のものを見て、同時に人間を見ている人の物語が好きだ。

 

好きだ。嬉しい。出会えた。今初めて、私を育てた吉野の山奥、新潟の雪国、東京の地に感謝したい。そして京都と握手がしたい。20回以上に渡る引越しが、私にも、土地と人を感じ、見る目を育ててくれていたのだ。そう思える。ありがたい。

 

来年は、まず熊野詣でに行く。

 

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ちなみに先週は吉野の山奥でキャンプしてきた 冬のキャンプ最高ほんと静か