弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

カウンターの終わり

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知恩院。京都の紅葉はまだまだ続く

 

今思えば、登山のほとんどは都会に住んでいることへの反動だった。アウトドアカルチャー自体がカウンターカルチャーではあるのだけど、そういう思想を超えて、もっと身体から「ここにはないもの」を求めていった感じがあった。渋谷区に住みながら、屋久島、北海道、沖縄諸島紀伊半島をなんども行き来しながら、自分でもよくわからない衝動をひたすら日記に書き留めて言語化した。そこで言葉になったものたちを、誰かに見て欲しい気持ちと、誰にも見て欲しくない気持ちが同じくらいずっとあった。誰かにわかって欲しくてたまらなくて、わかってたまるかとも思ってた。この矛盾した感情が交差する針の穴のような一点こそが、孤独というものなのだと思った。

 

でも京都に移住して、これまで自分を引き裂いてきた文化、消費、自然、信仰が全部詰まった土地にきてみたら、少しずつ衝動が鎮まっていった。もちろん、土着文化に惹かれる一方で一生土着にはなれないような、電子機器がどんどんダメになっていく身体とインターネットとの関係、みたいな矛盾はずっと続くのだけど、それよりもバラバラだったものが風景の中で統合されていき、自分の中身も統合されていった。

 

統合された時が、カウンターの終わりなんだろうな。

 

対極のものが1つになったとき、生み出す行為が始まるのだな。

 

これまでも生み出してきたはずなのに、ここからが本番な気がするし、このみちは結局死ぬまで続くんだろうな、という果てのなさもある。

 

ただ自分の中で、カウンターそのもの、衝動そのものを美しく感じる心が、萎えてしまった。反動で何かを成すことそのものに、燃えなくなった。もっと言えば、身体が先に組み変わってしまった気がする。からだのかみさまが「次行こう」ってずっと言ってる。もっと軽やかなやり方があると。

 

だから、身体を軽やかにする時間が必要なんだと思った。これまで自分を押し上げてきた反動によって、内臓を焼いたような焦げ跡だけが残ってて、これをちゃんと癒さないと、次に行けないんだと思った。

 

伊勢にいっても出雲にいっても、ただ軽やかであることを示唆するものが、風の香りを変えていた気がする。感情とは、身体とは、なんて重いものなのだろう。こんな質量の中に、軽やかなはずの自分が入っているのだなあ。

 

命を削って何かを生み出す行為は美しい。

だけど、それが美しい時代が、この秋で終わった気がしてしょうがない。

しょうがないから、しばらくはぐうぐう寝ることにした。

最近気づいたが、夫は私より軽やかなところがある。