弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

嘘みたいな笑顔

 

温泉から上がって休憩所でぼうっとしていたら、タオルをどこかに忘れていたことに気づいた。脱衣所にもないので、お掃除をしていたおばさんに「ここにタオルなかったですか」と聞くと、「ないね」と一言。

振り返るおばさんは肌が白くて、ちょっと赤裸顔で、眉毛がぎゅっと怒ったように鋭利で、老樹の木肌みたいな年輪がシワになって刻まれていた。わ、雪国の女。そのあと休憩所でまたぼうっとしてたら、さっきのおばさんがやってきて「一応洗濯機に入れちゃったかと思って確認したけど、なかったよ」とまたぶっきらぼうに伝えにきた。忙しいところ申し訳なかった、と頭を下げお礼をいうと、腰を曲げたまま去っていった。

 

ぶっきらぼうな人って楽だ。なんの余韻も残らない。本当はみんな、このくらいでいいのに。

 

接客や営業の笑顔が、実はちょっと苦手だ。たまに笑顔で殴られた気分になる。ふと離れた後、その人がすっと地顔になる瞬間をどうしても思い浮かべてしまう。欧米の人は、ちょっとでも目があうとニコッとするから、こちらも反射的に笑顔を返す。あれは別に愛想がいいのではなくて、お互いに「敵じゃないよね」の合図だという。笑顔の力には、案外そんな自己防衛が働いているところがあると思う。

 

成人した後、親戚から笑いながら聞かされた話。子供の頃、大人たちが何かニコニコしているのをみて、幼児・弥恵は「何にも嬉しくないくせに」と言って大人たちを凍りつかせたらしい。想像するだけで笑えない。とにかく親戚の集まりは苦手だった。大人が集まる場所はなんだか気色悪かった。

 

そういっている自分が、いつの間にか自己防衛の笑顔を覚えた。京都に引っ越して以来、ご近所さんとあいさつするとき、びっくりするぐらい胡散臭い笑顔になるし、嘘みたいな声が出る。それが反射するように、同じようなものが返ってくる。そりゃそうだ。私は心から笑ってない。

 

なんでそれでも挨拶をするのか。私は「敵じゃないです」と伝え合う必要があると思ってた。そう感じていたのは、ただ私がそれを確認したかっただけなのだ。そうか。私は怖かったのか。怖い。怖い。あー怖い怖い怖いよーー!!知らない街、知らない人、知らない言葉、ただ旅してるのと暮らすのってこうも違う!超怖い!

 

もうだから、素直に怖がるしかないね。

 

新潟の実家にいる間、友達が遊びにきた。彼女は登山仲間で、あの山この山を一緒に登るうち、いろんなことを話す仲になった。彼女は引越しを控えて不安だった。新しい街、新しいママ友。私はほとんど衝動的に

 

「自分にとって大事な人がいて、数は多くないんだけど、もうその人たちがいるってだけで、ほかは諦めることにした。どう思われてもいいって腹くくることにした。私は大勢の人と付き合えるような器じゃない」

 

と話した。「だから夜、不安になったら指折り数えるの。自分が好きな人のこと。Mちゃんも数えてる。だから、Mちゃんも私のこと、数えてよ」

 

 

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Mちゃんと久しぶりのトレッキング

 

そう話しながら、私は、これまで、誰に対しても、分け隔てしないように、正直でいるようにしていたことに気づいた。そしてどこまでも誰にでも、いい子だと思われていたいことにも。以前は誰にでも踏み込んで、踏み込まれて、無茶苦茶だった。そんな10代20代は、色々勉強になったけど、それは、まだ自分の役割がなんだかわからなくてもがいていたときの話だ。だけど季節が変わった。

 

自分にも役割があるのがわかった。その分、人間関係そのものがあまり大事ではなくなった。いつの間にか、さみしいと思うことが減った。物語を書いている時間が増えれば増えるほど、他人の中にある自分に思いを馳せることをしなくなった。大事だと思える人がいて、その人が困っているとき、力になれる力をちゃんととっておくために、人間関係の輪をむやみに広げていくことが、今はできないんだと思った。本当に必要な出会いは、それでもやってくるものだから。

 

なのでつい、「ねえ、大好きだよ」と、友達や大事な人に会うたび、無意識に口説いてしまう私なのだった。ねえ、わかってるの、伝わってるの。大好きだよ。って直接言えるほどラテン系ではないので、あの手この手で伝えてるつもりで。

 

何より、「あーあの子が好きだーー」って思うだけで胸のあたりが熱くなる。それがあれば、今は生きてける。誰にでも良く思われる必要はないのだった。そこまでして自分を守らなくても、もういいのだった。心にもないことは、やるものじゃないね。小学生でもできることで、こんなに消耗するとは思わなかったよ。とりあえず嘘みたいな顔するのはやめる。これまで「いんや、それが大人だ」とか思い込んでて、もっというと、それがどこでも生きていくためのパスポートくらいに思ってた。でも社交辞令だけでお腹が痛くなる自分は、「そういう大人」になることができない。それだけはよくわかった。

 

なら私なりのやり方ってもんがある。

 

魚沼はもう紅葉が終わりかけてる。山の上のあたりの立ち枯れた樹々がぼんやりグレーがかって見えて、そっけない山肌があわらになってる。八海山も巻幡も苗場山も昨日、雪に覆われました。忘れてたけど私は、雪国の女でした。

 

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湯沢町みつまたのとある渓谷。この岩の上で小一時間語ってた