弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

鴨川が日常に戻っていく朝に

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増水した日、お気に入りのカフェで



京都に晴れ間が戻った日、鴨川の濁流はあっさりなりを潜め、河川敷へ立ち入り禁止のテープを夏の太陽が揺らしている。それを人々がまたいでいき、ジョギングをしたり、犬の散歩をしたりして、昨日まで川に浸かっていた河川敷をいつもの光景に戻していく。日常はそれを営む人の力によって景色を変えていくし、災害はそれすら飲み込む。だけど365日間、ずっと川が増水していることもない。京都という街は、こんな非日常と日常の往復を気が遠くなるほどの年月、繰り返しているのだろう。何気なく河川敷を歩いていく人の姿と、まだ濁った水が流れる川のあわいに、触れたら火傷しそうな摩擦の力が、挟み込まれているような気がしてくる。

 

同じく増水していた高野川の橋を渡った時、橋の真ん中あたりに、いつもよりすうっと涼しい風の道ができていた。川の流れは風を作る。その風が橋の上を横切って、上へ上がるのか下へ下がるのか、木の葉でも飛ばせばそれが少しは見えるのか、そんなことを考えていたら自転車を引いていた夫が「おうい」と振り返った。

 

ここ数日で、久しぶりにつけたテレビで、西日本ではまだたくさんの地域が危険な状態にあるのを知り、さらには多くの被害が今も広がっているのを知り、こうして情報として捉える非日常に対して、つい「正しい感情」って何だろうな、と考えてしまった。

先日まで夫のスマホからビービー流れる避難アラートが鳴り響いていたのに、それがやめば日常だ。頭の上は晴れている。情報を縦に求めれば、自分はいつもの日常にいる。それをテレビによって、横へ横へと引っ張られていく。ニュースキャスターの声によって、まるで他人が家にいるかのような居心地の悪さを感じてしまい、すぐさま消した。

 

11時、東京にいる編集者さんと書籍の打ち合わせ。ビデオ通話をつなげた瞬間、東京の音が部屋に流れ込む。我が家ごと、東京にワープしたみたい。その逆はないんだよな、と思うと、仕事という感覚が、私にはまだずっと東京にあることに気づいて、呼吸も話すスピードも、自分のものでなくなっていくのが面白い。通話をオフにしたら、また時間が京都のものになっていく。夫が汗だくで帰宅してきた。

 

ツイッターをやっていないのだけど、何か災害が起きるとYahoo!のリアルタイム検索で現地の情報をみる習性が今もある。こないだ見たときは、四条だかどっかその辺で、オオサンショウウオが打ち上げられていた。つぶらな瞳が驚いているようにも見えて、そう見えたのは私が驚いているからだと思った。やつの感情など知る由もない。感情をとるのと与えるのは大きな違いだ。

そういえば濁流迫る土手で鹿が孤立して、泳いでいく動画もあったけどあの後どうなったんだろうか。ちょうど大雨の半月ほど前、やはり河川敷を散歩していたとき、川下の方から子鹿が上流に向かって逃げていくのを見かけたことがある。夜のうちに川下へと迷い込み、朝になって周りが住宅街なのをみてさぞ驚いたろう。あの草食動物のつぶらな目をみると、保護したいような気持ちがうわっと湧いてくるのは、うちにうさぎがいるからだろう。

 

Facebookで大勢の友達と繋がる母は、ここ数日は何も投稿しないという。それは母なりの当然の自粛らしいが、横糸で各地と繋がり続けている人はなんぎいなあ、と思った。あらゆる人の縦糸が凝縮されたSNSに、なんでもない自分の縦糸を通した瞬間、それが他者の糸と絡まり混線するだろうと予測してしまうのは想像に易いけど、自ずからそこに合わせにいってしまうその親指は、頭部は肩は肺は、どこに接続されているものなのか、誰のものなのか? 

 

高校3年生のとき、中越地震で被災した。あの頃はまだSNSもなくて、被害にあっていない他の地域の人が何を考えているかなんて、それこそ考える隙も暇もなかった。私は余震に揺れながら受験勉強に追われてた。それが全てだった。

 

そんなことを午前から真面目に母へレスしていたら、うんざりされる。ごめんね、こういうことを考えて言葉にしないと落ち着かない性分なんだよ。言葉にして整理することで、私は縦糸の強度を確認していたいだけ。「正しい感情」にさらわれないように。