弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

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26歳のときひょんなきっかけでラジオに出たんだけど、放送中に泣いちゃって、あとで番組を聞いた人から「情緒不安定だよね」と言われた。その言葉の響きにすごく違和感があって、何かいけないことをしたような気持ちになった。そら公共電波の中でいきなり泣いてたらそう思うよな。って、頭だけで納得しようとするとひどく窮屈な気持ちになる。いまでも私は日常的に涙を流す。感情が出ていくのに泣くことで追いつけないと、勢いづいて嘔吐することもある。以前、親戚の赤ちゃんが泣きながら勢い余ってミルクか何かを吐いちゃってたんだけど、その「目じゃ間に合わず口からも放出」する見事な様を見ていたら、「これ私みたいだな」って思った。だからご飯食べた直後に泣くときとか結構大変。自分の中で、泣くことで感情の量を調整しているところがあるので、これができない環境で湧いたりすると軽くパニックになる。話しながら気づいたら涙が出てるなんてしょっちゅうある。

 

そういえばずっと昔、すでに離婚していた父親と定期的に会っていたことがあった。会う前まではすごく楽しみなのに、会ってから5分後には「この後離れるんだ」とかそんなことばっかり頭をよぎって何も楽しめなくなる。新幹線に乗るまで必死にこらえていた私に、父が「泣くことを我慢するな」と言ったのを覚えてる。あのとき、私はビルの上から飛び降りるような気持ちだった。でも飛んでみたら底はなくて、気持ちよかった。

 

「泣くことを我慢する大人になんて、絶対になるな」と言いながら、父は繰り返し私にいって聞かせた。目を真っ赤にして、鼻水もだらだらで。

 

だけど、泣くことってTPO次第ではかなり強烈な表現になってしまうので、面倒臭いなあ、と思う。トイレになかなかいけないみたいな気持ちで、もう何にも手につかなくなったり。そんでいざ泣こう、と思うと胸が詰まるばかりでなかなか出てこなくなったり。涙と社会は、噛み合わない。今自分の周りにいる人で「情緒不安定」といちいち指摘して来る人はいないけど、あの時の発音、何か触れたくないものを遠くにやるような、距離を開く言葉が、嫌い。

 

つい最近、久しぶりに東京で麻実子さんにあってランチしたとき、話の流れで「私は感情の量が多いような気がする」と言ったら「今更!?」とびっくりされた。それを彼女に聞いたのは、彼女は私の周りでもかなり感情の量が多い人って印象があったので、この人がそういうならそうなんだろう、と納得できた。そういえば2月に仲間内で飲んだ時も、米津くんに「感情がでかい」と言われた覚えがある。同席してた真利子監督にも、それをよく指摘される。いや、これまでも他の人からそう指摘されることはあったんだけど、割と淡白な人たちだったので「この人からはそう見えるだろうな」で終わってたんだよな。だけど上の3人はみんな、私からみて生きづらそうなくらい感情の総量が多くて、かつそれを引き受けて生きている人たちだ。

 

米津玄師くんの「海と山椒魚」を聴いてると、身体が潮風にさらわれ海鳥の鳴き声が聞こえ、野性的な言葉とともに遠い海岸へ連れ去られる。真理子哲也監督の「宮本から君へ」を観てると、画面から汗や涙の匂いが洪水のように溢れて、いつも咳き込んでしまう。鈴木麻実子さんは10代のとき、「耳をすませば」のカントリーロードの歌詞を書いた。故郷の歌に「帰りたい、帰れない、さよなら」と打ち込めるのは、彼女があらゆる感情に良い悪いを決めないからじゃないかと思ってる。

 

彼らから指摘されるたび、だんだん自分のことを客観視できてきて、やっぱり多い方なんだろうな、ならこれ以上逃げるんじゃなくて受け止めて生きていかねば、と腹をくくる気を起こせるのだった。

 

思うに感情の量が多いと、それを貯めたり爆発したりすることによって、かなり体調を左右されやすい感じがある。涙を流すのは、少しでも感情を体外に放出することでバランスをとってるんだと思う。他にもバランスの取り方はあると思う、例えば山を登ってても全然疲れないのは、エンジンが体力ではなく感情にあるような気がしたり。だけど大抵、なんでか私の場合、気づいたら勝手に出てる。

 

時々、自分の涙はおしっことかと変わらないな、と思えるときがあって、そんな風にただの排出物だと思うと、感情があることがとても嫌なことに思えてしまう。だけどそうやってゴミ箱に捨ててしまわずに、形にすることができたら。感情に名前をつけずに、そのための体の反応にレッテルを貼らずに、ちゃんと表現できたら。私は物語を作る人になる。この1年、ずっとそれを考えてた。そういう生き方があると教えてくれるのは、ちょっとずつでも自分を受け入れて辿っていった先にある、人との出会いだった。

 

ちなみにそのラジオはこちら↓

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ - TOKYO FM 80.0 - 鈴木敏夫

 

この時はライター名を小野田弥恵にしていて、そういえばあれはまだ独立したての26歳の時だったんだな。最近、弥恵にしました。これは旧姓なのですが、苗字がないほうが、書くことに制限がなくなる気がして。ちなみにラジオ聞くと私、なんかまるで敏夫さんの言葉に感激して泣いたみたいになってるんだけど、本当はその前にちょいちょい意地悪されて悔しかったんだぜちくしょう。

 

ちなみに冒頭の絵は、こないだ描いたやつ。