弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

こめかみのズレ

1年半ぶりくらいに、沖縄に移住したまま音信不通になっていた友達から連絡がきた。「天職に出会った」と興奮気味に語る彼女は、ダイバーの資格があるおかげで、最近はダムに住み着くブラックバス外来種)の駆除をする仕事をしているという。時給は三千円。

駆除の方法には3つくらいあって、ダイビングしながら銛でつくか(ダムの中はかなり濁ってて先が見えないらしい)、稚魚を網で捕獲するか、水面に電気を流して殺すという(この場合、他の種類までなくなってしまうのらしい)。しばらく連絡を取らない間に、よもや狩人の才能を開花させていたとは想像もつかなかった。

けど、そういえば過去にも突然チベットの寺院から「ハーイ」なんて電話がかかってきたり、インドでバイク事故して帰ってきたり、再会するときはいつもびっくりさせられたもんだ、と思い返して、相変わらずなんだなあとなんだかホッとした。すっかり小麦色に焼けて、また一層美人になっていた。

私は私で原稿に集中していたせいかこめかみが痛くて、手元にあった民間療法の本をもとに、こめかみに梅干し、ひたいに冷えピタを貼ったままのいでたちだったので、彼女から見ても私は相変わらずだったらしい。いつも通りの調子で会話を続けていると「あー深い! 濃い! 懐かしい弥恵ちゃんの濃さ!」とケラケラ笑ってる。とりあえず「はいはい」とか言って話を進めながら、確かにこの感じは懐かしいなと思った。

彼女と話してると、なぜだか私は声が低くなる。逆に話しているうちに声が高くなってしまう相手もいる。人と話しているときに、ちょっとずれる感覚が、あまり好きじゃない。久しぶりだからか、そんな調子の合わなさが一瞬お互いの中に湧いて、でもすぐに彼女のペースになった。これもなんだか懐かしい。だけど、時々混ざる琉球弁とか、前向きそうに見えるけど、実はちょっと揺れている感じとか、前はよく見えなかったところが今はよく見える気がして、改めて彼女を発見した気分だった。

なんだか最近は、友人から連絡がきたり訪れてくれたりすることが多い。先日も夫の友人のスコット(日本人)が泊りにきて、3人で銭湯に行ったりご飯を食べたりした。京都についてすぐランチをして、その足で糺ノ森へ向かった。「あの小川のあたりがいい」と連れて行くと、何かスコットの中でピタッとハマった感じが伝わった。重そうなリュックを預かって、1人で歩いておいでと促した。小1時間くらい、なかなか帰ってこなかった。夫はそのことが嬉しそうだった。

久しぶりの再会にも、これまでと違う土地での交流にも、似たようなものがあると思った。この人はこんな顔で笑うんだっけとか、本当はこういう感じなんだろうなとか。スコットは仕事の合間をぬって久しぶりにギリシャを旅してきたそうで、幼い頃から冒険めいた旅が好きだったことを思い出したと、10代から訪れた国の記録を見せてくれたりした。その勢いで3人で旅しようという話になり、その夜のうちにアイスランドのフライトとレンタカーを予約した。

そういえば、スコットと過ごしている夫を見ながら、私が友人を京都で迎えるのとはまた違う時間を感じた。夫の方が、圧倒的に心地いい間を作る。なんというか、時間や会話や移動の中で、何気ない余白を作るのがうまい。本人も大して意識していないのだろうし、これまでも心地いい空間を作る人だと思ってきたけど、こんなだったっけ。

こんなだったっけ? 私から見える感じが、カーテンの揺れからモクレンの葉の厚みにいたるまで、日に日に変化しているのは、一体どういうことだろう。

25680 鴨川をチャリでかけゆく夫とスコット