弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

平成の終わりと、高畑監督

朝、メールチェックをしていたら、隣で同じくPCに向かっていた夫が突然、「うわあ!」と叫んだかと思うと、そのまま突っ伏して声をあげて泣き出した。一瞬何が起きたかわからず、夫のPC画面に目を向けるとLINEニュースが開かれている。ニュース。すぐにピンときた。ずっと入院されてるのを、前に聞いた。一つ前にスクロールすると、眩しそうに目を細めて笑う、高畑監督の顔だった。

こんな日が来るんだなあ、と思った。私は夫みたく本人とお話ししたことはなくて、もうただただファンなのだけど、ああもうこんな日がくるんだなあ、なんて時間が流れるのが早いんだ、と思った。

前日から母が遊びにきていた。私はなんだか早起きしたので、下鴨神社にでも散歩に行こうと夫を誘ったばかりだった。母は様子を察したのか、遠慮するという。外に出ると、頭上に潤いがあった。今にも水滴がポタポタ落ちてきそうな雲だ。予報では午後から雨だった。

「平成が終わる年に、高畑さんが亡くなったんだね」と、泣きはらした目の夫が、改まった声で言うので、同じこと考えてた、と言った。夫は数日前に「やっとゆっくり本をたくさん読めるなあ」と、再読も含めて高畑さんの本を図書館でどっさり借りてきたばかりだった。もともとうちにも数冊あるが。

時代がものすごいスピードで一点に向かっていく。今にも世界が決壊しそうな気配を、就活中だったリーマンショック、社会人になってちょっとの東日本大震災と、もうどんどん加速していくのを背中に感じてきた。私や夫にとって、「働く」ということはそもそも、その先の見えない変化に並行していくことだった。その極まりの一つが京都移住だった。

そういうなかで指針にしてきたものが、高畑作品であり、その人だった。そして大枠ではジブリというもの。夫の心のうちはわからないけど、2人して、原点回帰したいような夜に観るのはいつも、ぽんぽことかぽろぽろとか魔女とか、うちにずらりとあるライブラリー。

これは静かな大事件だ。時代が大きく動く起点になるのを、夫も私も深く感じ入った。どちらからともなしに手をにぎり合う。心の柱にしてきた人が亡くなる。その柱を、自分で立たせていく。自立。

下鴨神社の裏手から入り、神前にきてついご冥福を祈ってしまい、「そういえば“成仏”って寺でお願いするべきだっけ」と夫に聞くと、「いいんじゃない」。前夜に友達と遅くまで会っていた夫は寝不足だったらしく、糺ノ森に入る手前で帰っていった。

丸い背中がしょんぼりして、駆け出してムギュってしたい気持ちがわっと湧いたけど、感傷的なときって、むやみに身体に触れられたくないものだよなと思い直す。振り返り、歩き出すと、朱い鳥居の向こうで、新芽が吹き始めた背の高い原生林が、参道を見下ろしている。

♩今の全ては 過去のすべて 必ずまた会える いのちの記憶で

木々の間から真っ白な日が差して、「もっと歌って」と言われてる気になって歌い続けていると、出勤してきた白装束の神官さんとにっこりすれ違う。

♩今の全ては 未来の希望 必ず覚えてる いのちの記憶で

朝は声がかすれる。ランニングを終えて歩く60くらいのおばさんがそそくさ歩いていく。

右手に下鴨神社摂社の河合神社が見える。あそこに祀られてるのは女神さんだったなあ。ふと、「かぐや」のドキュメンタリーで、「いのちの記憶」の録音のとき、身重のお腹を愛おしく撫でながら、世界を洗うように歌い上げる二階堂ふみさんの顔が重なる。かぐやの祈りが込められたような歌。河合神社の玉依姫は、神さんの子どもを身ごもった女性だった。

かぐや姫の物語」という映像体験について、いつかブログにしっかり記録しておきたいな。でもまだまとまらない。子どものころ「風の谷のナウシカ」に深く掘り起こされて、自分とナウシカの境がわからないくらいになって、そういう私の原風景を、大人になって更新したのが「かぐや」だった。そしてそういう人は、この世に何人もいるのだろう。

もしお会いできることがあったら、聞いてみたいことが一つ、話してみたいことが一つあった。監督は、どうしてそんなに女性の心の機敏がお分かりになるんですか。監督は、岡山で育ったそうですが、生まれは宇治山田なのですね、私はそのまちが大好きです。

DSC_0291 いつかの伊勢市・宇治山田。早朝、朝の粒が羽衣みたいに空を包む町です