弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

誕生日と花の淡路島デビュウ!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

4月2日は私の誕生日なんだけど、夫はその日打ち合わせで外出とのことで、1日ずらせて4月1日にお祝いしてもらうことになった。

「なんとなく宇治に行こうかなと思ってるよ。平等院見たいって言ってたよね。それともせっかく車を借りるんだし、もうちょっと遠くへ行こうか?」

調べてみると、伊勢志摩も奈良吉野も大体2時間で行ける。でもどうせなら行ったことのないところがいいね、ということで、淡路島へ向かうことに。

というわけで初淡路! 行ったことのない場所へ行くのってほんと興奮するね、とフガフガしながら名神高速道路へ滑りこむと、脇からビュンビュン滋賀ナンバーがおいこしていく。

「なんとなく関西って運転荒らそう」とは思ってたけど、ウインカーも出さずに2車線をまたいでいくあたり、「よほどおしっこ漏れそうなんやな」と夫。

一方私は全車両にいちゃもんつけるのと、ちょっとでもバリケードの外を見るのに忙しく、あっという間に吹田を経て、ものの数分で「神戸入ったで」と言われたときは、もはやどこが京都で大阪で兵庫なのかもわからなかった。

それでも六甲山の稜線がぬりかべみたいに立ちはだかるのをみて、「ってことはあっちが海か!」と言い当てられたのはブラタモリのおかげです。

長いトンネルをくぐると、いきなり空が真っ白になって、明石大橋に出た。淡路方面を示す標識のなかから「徳島」の文字が飛び込んでくる。窓を開ける。ステレオから「ここではない遠くの方へーーーーー!」と、米津玄師の声が風にのって飛んで行く。

だだだだだっだん「今は信じれええなあああああい」と2人でビョンビョンシャウトする車中からは、高曇りの明るい空との境目を失った白い海が見えて、沖の石油タンカーが光のなかに浮いている。視線を正面に戻すと、ふたつめの塔を超え、山桜が点在する山並みが見えた。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA 「この島の向こうにまだ見ぬ徳島があるのか」と思うと胸があつくなり、より鮮やかに「淡路島」が立ち上がる。眼前に広がる景色の“見えない向こう”を感じるから、憧憬の青い炎が背中を燃やすのであって、それが風景に感情を与えるのだと思う。

私にとっての「旅」は、血が芯から熱せられるような、「見たことがないのに懐かしい」という、この人生だけで私自身を説明しきれない、幾世の命を感じることなのだ。

島の連なりというのは、それだけで“奥に行けば行くほど、予感する懐かしさ”を与えてくれるな、そういう空だとうっとりしていると、車は大きな観覧車のあるサービスエリアに入った。

誰もが海を背に記念撮影をするので、何度撮ってもどなたさまかの影が見切れてしまう。誰より張り切ってポージングしているのは私である。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA どうも明石海峡大橋の通過料金が高いらしく、インターから出るときに「え、3000?」と呟く夫。そばの鮮魚センターでパパッと海鮮をいただいて、伊弉諾神宮へついたのはお昼ごろ。

真っ白い神明鳥居は、この神社の歴史から考えるとかなり新しい。淡路の震災の時に建て替えられたのかしらん。それにしても日が夏のように暑くて、風だけがつんと冷たい。参道を歩くと頭上の木々がサラサラ揺れて、落ち葉が足元に落ちてくる。

境内に入ったとたん、「ドン!」と太鼓の音。神楽殿で今まさに巫女舞が始まり、しばらく見入る。聞いたことのない独特のリズムに、かすかに温暖な土地の陽気さを感じた。巫女さんは音もなくすうっと、壇上を行き来しながら片手に扇、片手に鈴を鳴らす。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA 舞が終わると、ご祈祷中の参拝客に向けて巫女さんが静かに「お祓いをしますので、頭をお下げください」という。私と夫はちゃっかりおまけをもらおうと、一緒になって頭を下げ、頭上から波の泡が転がるような涼しい鈴の音を受ける。つむじから背筋へ、清水が流れていく心地がした。

夫は「気持ちいねえ」と温泉に浸かった後のような火照った頰。淡路は国生みの地であり、その一宮である伊奘諾神宮はイザナギイザナミという夫婦神を祀る。これも西へ移り住んだ夫婦への労いなのだろうか。しばらく拝殿前に立ち尽くしていると、夫が宝物を見つけたような顔で「こっち!」と声をかけてくる。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA なんて見事な楠!「大好き!!」と駆け寄ると、根元を一つに幹を2つに分けた夫婦楠。「青蓮院の楠もすごかったけど、これまた見事だね」「また会いに来るね」と、新しい春に、嬉しい出会いとなった。

神宮を出ると、しばらく穏やかな港沿いを走る。生しらすとさわらのシーズンにはまだ早かったらしく、無添加とかかれたちりめんじゃこを購入。ソメイヨシノが連なる丘への道に誘われどんどん進むと、一面菜の花が咲く「あわじ花さじき」へ。

神域で偏った身体を、ビワのソフトクリームを舐めながら中心に着地させ、菜の花畑とその向こうの瀬戸内海を見渡す。鼻先に苦く、鼻腔に甘く広がる黄色の花々の香りを吸い込んで、「気持ちいねえ」と横を見ると、いきなり昼寝する夫。車の運転で神経が疲れたんだよねえ。と私1人で花畑の迷路を歩く。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA 一斉に咲く花はものすごい精気を発しているのに、どうしてこう優しいんだろう。山も神域も生きて行くのに必要な力をくれたりするけど、たまに“湯あたり”する。だけど花畑は、どれだけ浸かってものぼせない、白骨温泉みたい。今すごくちょうどいい。

そう言えば、去年の誕生日は京都だった。あのとき、すでに今の生活を夢見ていただろうか。来年は見当もつかない。ただ、花が咲いて、日が差して、海が光るのを夫と眩しく見つめるような、そういう世界の延長に、また立っているだろうな、と思った。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA