弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

満開大吉

窓の外の木蓮はすっかり散って、素っ裸な枝が青空を突き刺す。駐車場には茶色く焦げた花びらの絨毯ができていて、どちらからともなく「あした、うちらで掃除する?」なんて話していたら、翌朝、ホウキが地面をする音で目が覚めた。

パジャマのままそっとベランダに出ると、スズメが一声鳴いて飛び立った。枝に隠れ見下ろすと、ねずみ色の軽トラック。「〇〇造園」、へえ、造園業者さんって植えてから散るまでも仕事なんだなあ。白い手ぬぐいを頭に巻いた男の人が、しゃがんだ姿勢で、蟹みたいに横移動しながら花びらを一箇所に集めている。

よくみると、手にしているのはハンドタイプの竹ぼうき。うわ、丁寧なんだな。チリ一つ残さない気迫。と、「よいしょ」と立ち上がったので、慌てて寝室に戻った。

どうやら木蓮は、私たち家族が引っ越して来た日が満開のピークだったらしい。雨に打たれても花びらは力強く露を弾き飛ばし、通りにもその真っ白な頭をはみ出させ、すっかり我が家の目印になってくれていた。

入れ違いで満開を迎えた桜はどこもピークで、夫と連日、時間を見つけては中学生のバカップルみたいにチャリを走らせ、頭に花びらの一つ二つをくっつけたまま帰宅したり。なんだか街中が一斉に底を開けたような開放感で、日々馴染んでいく身体に、すうっと風が誘いをかけてくるみたいだ。 OLYMPUS DIGITAL CAMERA 昨夜は植物園の夜桜を観に行った。二条城の桜ライトアップ以来、夜桜鑑賞の異次元具合にすっかり魅了された。夜の植物園を小太りな月が見下ろすのを、手を繋ぎながら歩いていると、ふと「あの辺からウサギが出て来そう」と夫。オレンジ色の低いライトの明かりが閉じたチューリップを照らして、不思議の国のアリスの世界。

しばらく歩くと、見事なしだれ桜や染井吉野、傍に桃も咲いて、女優ライトを受け、各々の衣装を自慢げに広げる。その輝きを頭に受けるようにして、芝生のあたりにシートを引き、静かに見上げる家族連れもいる。 [gallery ids="1923,1921,1924,1925" type="square"] 自撮りで済まそうとするカップルに声をかけ、「撮ってもらっていいですか? お礼に撮りますよ」と交渉。お互いペコペコ頭を下げて別れ、それぞれに手を繋いで桜をくぐる。夫はまた運動会の父親みたいにニコニコと私を撮る。私は即チェックして画角やら光の角度やら口出しする。

そういえば20代のころは、ゆっくり桜をみることってあんまりなかった。観てても、ほんの一瞬のことに過ぎ行くように思えて、どこか切なかった。今は、一点の陰りもなくて、ただただ桜に見入ってしまう。 [caption id="attachment_1928" width="2048"]OLYMPUS DIGITAL CAMERA 八重紅枝垂(やえべにしだれ)だって[/caption] 花弁を数えているうちに、その内側でアンテナのように突き出す雄しべと雌しべが全ての中心に思えてくる。不思議だ、桜の花は曼荼羅みたい。じっと見てると、身体の奥から、何かが花ひらくような心地がする。ここ数日ずっとそんな感じ。

それは夫も同じようで、お互いにその感覚を言葉にしようとして口数が多くなる。そういえば上賀茂と下鴨、聖護院の熊野神社で引いたおみくじは全て大吉だった。

帰宅すると、一度寒々しい冬の姿に戻ったかに見えた木蓮は、すでに花の付いていたあたりから初々しい芽を噴出させていた。これもあと数日で立派な葉を伸ばすんだろう。その姿はきっと初夏に似合う。

賀茂川の時間はのんびりしてるけど、季節の巡りはなんだか早い。 [caption id="attachment_1918" width="2048"] 満開御礼[/caption]