弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

桜の賀茂川と、あの日の右手

3日前に一気に気温が上がり、朝方、うぐいすが鳴くようになった。どうもキッチン窓の外の生垣に忍んでいるらしくて、8時ごろにもなると二羽の声が重なりだす。

親子なのか。声の高い方は、鳴いてるというより”出してる”って感じ。つまづいたり、飲み込んだりする幼い音へ目をやると、格子窓の外で、抹茶みたいな色の羽が葉を弾いてる。

起きてきた夫をぎゅっと抱きしめながら「友達が増えた」と首の匂いをクンクンしてると、寝起きのかすれ声で「よかったねえ」。昨日は白木蓮にスズメが二羽、とまりにきたの、そっとベランダに出たら逃げてっちゃったんだけど。

そもそも植木に囲まれた部屋に住むのが初めてだから、これほど間近に鳥の声を聞くのがなんとも新鮮。胸の真ん中から溢れ出すうれションを持て余しては、どちらからともなく抱きついて、チュッチュして、「幸せ〜幸せ〜」と繰り返さずにいられない。

「でも、割とどこでも『幸せ〜』ってやってきたんだよね」と、白湯を入れながら夫。そうだね、参宮橋で、遠くに小鳥の鳴き声を聞いた朝も、恵比寿の屋上で朝日に向かって伸びた朝も、こうして抱き合ってきたんだった。

塩気の効いた白湯を飲みながらメールチェックをしていると、家中の窓を開けてきた夫が「朝の散歩にいかない?」とキラキラした顔。そうね、天気もいいし、今日は賀茂川の桜が満開かも。

洗濯物と床掃除を2人でやっつけて、PCにノート、数冊の本をリュックに押し込み、チャリ吉とチャリザベスを走らせる。

河川敷へ出ると、いちめん光の粒が輝いて、白く明るい。川下で稜線がぼやける。桜の回廊は、ソメイヨシノが9分咲きで、近づけば白く、遠目には薄桃色に見える。

[caption id="attachment_1880" align="alignnone" width="1477"]17824 チャリ吉はベルツリー族からもらった年季もののブリヂストン。元は名古屋で走ってたらしい[/caption]

なんどもデジカメのシャッターを押す。犬の散歩のおじさん、ランニング中の大学生、ベンチに腰掛ける老夫婦、川のある生活をグングン通り抜けていく。

着ぶくれた夫の背中も、まだ寒そうな雪駄も、ここでは一つの絵みたいに収まりがいい。一方私の背中は、浮いている気がして、もうダウンじゃなくてウインドブレーカーでも済む気温だなどと思いつく。

「朝ごはんを食べて、作業しよう」と向かった京大前の進々堂はまさかのおやすみで、なんとなく丸太町を目指す。寺町通りを通りかかって系列店を発見。洋風の広い店内で、焼きたてパンの香りにそそられる。 17821 なんとモーニングセットのコーヒーがお代わりし放題で夫は大喜び。しかもわざわざ次ぎ足しに来てくれるのがありがたい。振り返ると同じようにPCや新聞を開く人がちらほら。観光客の欧米人も多くて、英語が飛び交う。

長い足の鼻の高いカップルが、テーブルに向かい合うのではなく隣り合ってプレートのパンをつまんでる。「あんな風に座りたい」と夫の肘を揺すると、「旅行のときにしようよ」と言って、図書館の本を開いた。

私も文庫を取り出す。情景を描ききれずに何度も読み返している草枕の数ページを、今度こそと思って、巻末の脚注に人差し指を挟みながら何度も往復。あ、なんか気持ちいいやつきた、とすかさずPCを開いて、思いついたまま書き出す。夫もすっかり作業に没頭。

ねえ、気づいてる? 今朝方、私たち、一つ理想の朝を叶えたね。私は光の粒の世界を、あなたは無限のコーヒーを手に入れたね。旅と生活の往復で、輪郭をなぞりつづけた心地のいい朝を、手のひらにおさまる形にして、ひょいと食べてしまったね。

今タイピングしてる私の右手と、コーヒーカップのハンドルを握るあなたの右手は、いつか離婚届のペンを握ったね。泣きじゃくりながら渋谷区役所へ歩いたあの道が、賀茂川を桃色に染める河川敷へと続いていたなんて、なんだか信じられないね。でもどっちも、らしくて可笑しくて、なんか泣きたい。

[caption id="attachment_1912" align="alignnone" width="2048"]OLYMPUS DIGITAL CAMERA 帰りは満開になってた![/caption]