弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

さよならドコモタワー、いい恋を

東京生活の最後、夜、いつも見ていたのは東京タワーでもスカイツリーでもなくて、ドコモタワーだった。

たった8ヶ月だけ住んだ参宮橋の3階建マンションは高台にあってランドスケープ。右手には真っ黒な代々木公園と明治神宮の森、向こうに森ビル、東京タワーが灰色の曇り空をオレンジ色に突き上げて、左手に首都高が走り、かすかにスカイツリーが映る。そして3段ケーキのドコモタワー、あとは新宿のビル群が無数の赤い目を光らせ、肩を寄せ合い悪巧み。

ドコモタワーのライトは日替わりで、今宵は水色とベージュ。好き。寝室のベッドから、ちょうど明かりがともる頭のところだけよく見える。ぼうっと眺める。こんな風に心地よくまどろむ夜はいくつもない。思考の曲がり角を間違えたらどっちかに振れそうな危うさのなかで、ポロポロ考えごとをする。

恋が始まりそうで、まだ何も色づかない、冬を揺り戻す夜。これほど空が広い部屋に住んだのは、ここが初めてで最後だった。24のころ住んでた下北沢の部屋はベランダが狭くて、よく近所の教会裏の庭に忍び込んで原っぱに寝転がってた。27で越してきた恵比寿の部屋はビルに囲まれてた。でも屋上に出られたから、よく大の字になって月を眺めてた。

気持ちいいくらいの考えごととか、妄想とかをするのに、隙間が欲しくて、広さに飢えてた。都会に住んでいるとそういうのを夜とか空に求めるようになる。

0時になるとドコモタワーはふっと明かりを消す。羽田空港を発った飛行機がぼうっと横切っていく。みんなが眠りに落ちていく代々木の街を見下ろしていると、夜の底が口を開ける。誰も彼もの夢が飲み込まれていく。空(くう)が音の主をなくして、こんな時間にまだ起きている人間の思考だけを受け入れていく。

脳みそが酔ったように揺れているのは、みんなの夢の集合体に影響されてるからなのかな。だとしたら、この街でいま、恋をしているのは誰だろう、昨日タクシーの運転手が、「今年は桜が咲くのが早い」って言ってた、そんな風に花を急かしている気体は、誰の吐息だろう。

そのうち水星が暴走して、スマホもネットも全部ダメになってAIも萎えちゃって、そしたらこの夜はどう変わるんだろうか。そのころ私はもう、電波格子が消えたまっさらな空で、悠々自適な脳内通信を始めているかもしれない。どんな土地にも落ちてるラブレターを開いて、うれしいあまりに涙を閉じこんでいくような、めくるめく旅を始めてるかもしれない。

カラスですら通信しあって、神宮の空を等間隔に飛んでいく、東京の空だ。ドコモタワーがどこかアナログっぽく、懐かしく、儚く見えるのは、この世の無限ではない時間を数えてるからなのか。予定外の朝が始まる瞬間にも、アクセスできる夢の集合体が、恋を、変わらず咲かせますように。

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