弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

冬が死んだ。(大沢温泉最終日)

2月28日、春が生まれた。

山の上を見上げると星がともり、木々の合間に月が光った。タオルを振り回しながら別館「菊水館」へ向かう橋を渡ったとき、風の匂いが変わったのに気づいた。いつか空から注がれた呼び水が、土の底まで染み渡り、乾いた風となって夜の闇に引っ張りあげられていく。私はその合間に突っ立って、吐く息で冬にさよならを告げ、深く吸い込みながら新しい春を迎え入れた。どうしたって心が踊る。早く夫に話したい。

そうだ、今朝はすでに暖かった。おかげでぐっすり眠れたんだった。昨日までは冷えがきつくて6時には目が覚めてしまい、慌ててストーブに火を入れていたのに。いったい、どの一瞬に死んだんだ、冬は。

3月1日、温かな雨が降った。

江戸時代から続くらしい本館の、支柱という支柱ががなんどもギシギシ鳴いてる。風が窓ガラスを痛めつける。唸り声に背筋がぞくっとする。布団にくるまってうとうとしてたら、廊下で番台のおじさんが「この音は嫌だね、谷底に吹き込む風は不気味な音だ」と誰かと話しながら歩き去っていった。

炊き出しコーナーへご飯を取りにいくと、今日はいつものスマイル足りないおばちゃん。どうも台風並みの低気圧だと眉をしかめる。「春一番ですか」「ええ、でもね、一番なんていうけど、昔はこの風でよく人が死んだんです」とおわんの蓋をしめる。両手でお盆を支えながら廊下を過ぎ、ふと玄関先から外へ目をやると、雪がドロドロになって溶けていた。

冬の死骸。あの下には力強い命がプツプツ芽生えているころだ。私はそれを食べるのが好き。

3月2日、見えない満月

夫と仲直りして、ぎゅっと抱きしめ合って、お互いの背中をなでなでしていたら、「今日は満月を見に散歩しようよ」と誘われる。「うん!」と嬉しくなって、でもすぐに「あれ?部屋に窓ついてないの?」と顔をのぞく。外は吹雪。さっきから、風が建物ごと吹き飛ばそうとするので、余震のような揺れが続いている。午後13時。どう考えても今夜は大荒れだよ、というと、「そっかあ」と夫。

案の定、深夜になっても風が強い。春がきたと思っても、4月になっても雪が降ったりする。生気の抜けた白。そのころの雪は10月に鳴くセミみたいなもんだよなと思う。でも冬はもう死んだんだよね。この季節に岩手に来られたのはよかった。これほど眼前に迫り来る冬から春への移り変わりを、、、

というには美しすぎるから言い直すと、はっきりと季節の死と再生と誕生、一つ一つの叫び声をこれほど丁寧に聞いたのは久しぶりで、雪国の力強い春が全てをなぎ倒していく様を、まだまだ見つめていたい思いに駆られる。もっともっと、季節に飲み込まれるように生きていたい。私は、春をばくばく食べたい。