弥恵の「からだのかみさま」

東京→京都に移住したライター・弥恵(やえ)の日記です

「文は人なり」は惜しいよ、ねえ賢治

「ちょっと文章読んでくれないかな」

と、友人からメールがきた。新卒で入った出版社を退社して、作家を目指すという彼女が、これまでとこれからの決意表明について自分のブログに載せるために書いた文章。私もちょうど自分のブログのはじめの文章を彼女に読んでもらったので、「私も」という感じで送られてきたのだった。

率直な感想は、「面白いけど、ちょっととっちらかってるな」だった。というか、読んでいると、「読ませたい相手」があっちこっちにいて、彼らからどう見えるかを意識したり、かと思えばそれを振り切った主観をガツンと入れ込んでみたり、なんというか段落ごとに矢印が散らばってる印象だった。

ただ、その散らかりがなんだか愛おしかった。「変化を迎えて、自分の本音と建前、組織にいるあたしと独立したあたしが衝突しまくり、絶賛スクラップ中!」って感じのその文章はとても色気があって、「ああ、今のその揺れ動く葛藤がすごく出てて、好き!」で、思わずニヤついちゃうくらい。

ただ、そう読まれることを別に彼女は望んでいないこともあって、言葉を選びつつ、慎重に返事をしたのだった。すると本人は「なんか、書いても書いても全然違うってなって苦しいの。散らかってるの、自分ですごくわかるんだよね」とうなだれた。

その「とっちらかり」には身に覚えがすごくある。昔Facebookをやってたころ、文章も写真も絵も好きだった私はしょっちゅう更新してたんだけど、気づいたら「友達」が地元の友人から学生時代の友達、クライアント、社内の隣の席の人、親、趣味の友達と、どんどん多様になっていった。

「これ書いたらこの人は傷つくかも」とか「こう書きたいけどカッコつけすぎ?」とか、「いいね!つかないな」とか、書くことをどんどん他者の価値観に預けていってしまって、おまけによく見られることに過剰に力を注ぎすぎてしまって、気づいたらあの青いブラウザを見るだけでも手汗をかくほどになってしまった。

おまけに商業ライターとして駆け出し中だったのもあると思う。赤字という名の「こう書くべき」という方程式、SNS全盛時代に置ける「バズる書き方で」というオーダー、あらゆるツールがどんどんインストールされて、そこからはみ出す「本音」とか「どう感じる考える」というエッセンスを、今みたく「こっちは仕事」「こっちは私の気持ち」って、濾過したり整理したりする術がそのころはまだなかったのも大きい。

ぶっ壊れたきっかけは、会社員をやめたあと、2013年の夏に北アルプスの山小屋で働いたことだった。スマホSNS漬けだった日々からいきなり電波もテレビもない、麓から3日かけて登ってたどり着くような標高2500mそこらの秘境で生活してみたら、閉じていた感覚がビックバーーーンを起こした。

もう目に見える全てが素晴らしかった。日ごとに勢いを増して咲いていくコバイケイソウ、雨のあとに宝石みたいに光る草の露、その一つ一つに興奮していちいち涙がでた。炊けたばかりの炊飯器から溢れる湯気、蓋を開けた男の子のメガネが真っ白に曇って、もうおかしくておかしくて、お腹がよじれるほど笑った。 _MG_1304 DSC_0149 50年に一度と言われたコバイケイソウの狂い咲きと狂ってる私 それらの全て、私の感覚を刺激するものの全てを、記録しつくしたい衝動にかられ、仕事だっちゅうに常に一眼レフを提げ、エプロンのポケットにメモをツッコみ、仕事だっちゅうにオーナーの横顔が素敵!!と撮影しては怒られ、仕事だっちゅうに「閃いた!下山したら書こう」と小説ネタのようなものをメモしたり、とにかく感覚が開くのと同時に、それを書きたい撮りたい、表現したい欲求が狂おしいほどに湧き上がった。

なんだろう、夜中に「閃いた!やばい天才」ってモードは誰でも経験したことがあると思うんだけど、それが「朝起きたらそうでもなかった」を迎えずに、ずっと続く感じ。そんな調子で筆が止まらず、消灯時間までずっと日記を書いていた。山小屋の仕事は肉体労働なのですごく疲れるのだけど、なぜだか書くことはいっそう捗った。

SNSをやめたのは、その1年後の秋だった。山の上で味わった、ただただシンプルな「書きたい!!」衝動や、商業ライターとして働くうちに取りこぼしていった「こんなこと書いても誰も読まない」と決めつけてかかってた自分の本音と、それまでの私の「自分をよく見せるため、都合のために書く文章」とが混線し、完全にバグを起こした。

振り返ると私は、「お金をもらう文章はこういうものです、コミュニケーションとしての武器である文章です」ってとこからスタートして、一度ぶっ壊れて、そこから散らばったいろんな思いをかき集めて、「仕事でもコミュニケーションでもない、とにかく私の本音はこれ」っていうのを日記に書き溜めることをリハビリのように続けることから元気になっていったなと思う。

原石みたいなものをちゃんと形にする作業ってたまらなく気持ちいいんだよ、それだけで深い呼吸ができるんだ。だから今もブログをかくまえに、取りこぼしがないよう、まずは日記にまとめるようにしてる。この世にちゃんと表現できました、ってだけでも、すごくホッとする。迷ったら、ここに戻ってくればいいんだってわかるから。

文章は、私の身体そのものと、ずっと同じ調子で変化してるんだよなって思う。「文は人なり」は惜しいよ。それをいうなら「文は身体なり」だ。だって文章は私の人格とか思想を表してるものじゃなくて、“私を分析してもらうための材料”でもなくて、私の身体そのものだよ。そしてこの身体には、生きてきた感動が銀河じゃおさまらないくらい詰まってる。

だから冒頭の彼女に、私のささやかな経験から言えることがあるとするなら、「ちょっと甘いもんでも食べて温泉入ろう」なのだ。ぼうっとして欲しいのだ。身体が心地よくなって、自然と気持ちが開く環境に身をおいてみれば、絶対その人の天才が出てくると私は信じてやまない。

だって文章は身体を伝える媒介にすぎないのだから。だから今、あなたにうまいとか下手なんてないよ。私のこの文章にだってない。自分を表現することと、「それを人に伝えること」はステップが違う。まずは自分を表現する、でよくない? もうこれ超絶楽しいよ!

だって「伝える技術」なんていくらでも勉強できる。「絶対正解」みたいな編集者もこの世に存在しない。でも自分が表現したいことは、多分勉強とか他人とかが教えてくれるもんではない気がする。

だからまず芯に着火せんと、始まらないんじゃないか。文章を書くことは楽しい。それを思い出せる身体があれば、絶対大丈夫だよ。私にはなんの説得力もなかろうが、今、岩手・花巻という宮沢賢治の懐で、温泉入って散歩して、文章書いてるのが、毎日楽しくて楽しくてたまらんよ。少なくとも、賢治は絶対この延長線上にいるって、なんかわかるんだよ。だって彼はこう言ってる。

正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである

これはあなたもそうなんだよ。賢治もそう思うでしょ?